odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「広場の孤独」(新潮文庫)

 時代は朝鮮戦争が開始され、まだ中国の介入はなかったが、その可能性が脅威とともに語られていた時代。あわせて、レッドパージが行われ、党員やシンパがいっせいに職場から追放された。一方、戦場が極めて近いことから日本の企業にはアメリカ軍の発注があいつぎ、忙しい時期になっていた。それがてこになって、戦後の不況を脱することができた。もちろん作品中にあるように、工場員がろくな安全基準もないまま、爆弾を作っていたりもするのだが。

 「朝鮮戦争勃発にともない雪崩のように入ってくる電文を翻訳するため、木垣はある新聞社で数日前から働いている。そこには「北朝鮮軍」を“敵”と訳して何の疑いを持たぬ者がいる一方、良心に基づき反対の側に立とうとする者もいた。ある夜、彼は旧オーストリー貴族と再会し、別れた後ポケットに大金を発見する。この金は一体何か。歴史の大きな転換期にたたずむ知識人の苦悩と決断」(裏表紙)


 これは「新聞社アルバイト・木垣の一番長い日」ともいえるような作品(岡本喜八「日本の一番長い日」のパロディじゃ)。御用新聞に勤めるのに嫌気が差した木垣は翻訳などの内職で糊口をしのいでいた(仕事の中には探偵小説の翻訳があった。作者堀田善衛クリスティ「ABC殺人事件」アルフレッド・コルトオ「ショパン」(新潮文庫)ほかいくつかを訳している)が、戦争開始によりニュースの翻訳の仕事でもとの新聞社にアルバイトで勤める。戦場の情報が忙しく入ってくるので、仕事は乱雑を極めている。もともと彼は太平洋戦争中に上海にいて、敗戦および共産軍が来るといううわさで混乱した状況を知っていた。この体験とコミュニズムにシンパシーを持っていることから、軽薄な記者やデスクに違和感を持っている。夕方、社員会議の留守番をしていると、アメリカの新聞記者が来る。サルトルとモーリヤックが論戦しているという記事についてアメリカ記者と語る(サルトルはもちろんヨーロッパからのアメリカ撤退を主張し、モーリヤックはソ連の脅威から祖国を守るアメリカの力を要求する)。その後、上海で知り合った中国人記者とも話をし、アメリカ人記者の誕生日ということで、横浜のクラブにでかける。クラブでは接待のホステスがしなだれかかり(もちろん日本人は無視だな)、旧オーストリア貴族と出会う。これは悪の組織の首魁ともいえる奇怪な人物で、戦乱や混乱の起こる地域にでかけてはブローカーの仕事をしている(亡命者の資産を買い叩き、アメリカ人などの新興の金持ちに高く売るのだ)。彼はソ連の革命と2つの大戦のために、貴族の称号と資産を失い、祖国に戻ることはできない。しこたま飲んだ木垣は深夜に新聞社に戻るが、ポケットに大金を発見する。仮眠の後、デスクと飯を食うことになり、自衛隊に行かないかと持ちかけられる。断って帰宅し、内縁の妻と日本脱出の夢を語るうち、妻がその貴族とひそかに会っていることを知り、ポケットの金を燃やす。その金は、妻の夢であるアルゼンチン脱出のための資金であった。夕方に、新聞社の中の党員がレッドパージにあったことを伝えに来る。木垣は社会とのコミットメントを考えて、小説を書こうと決心する。もちろん出来上がった小説は「広場の孤独」そのものに他ならない。
 一応形式だけを見ると、一日の出来事を書くというのはジョイスユリシーズ」である、小説を書くことを決心するまでを小説にするというのはサルトル「嘔吐」だ。そんな具合に、当時の最新小説の枠組みをなぞっている。それは重要なことではないが思い付きを書いておく。
 さて、この木垣の忙しい、しかし凡庸な一日の間に出会う人物はきわめて幅広い。この人物象の多彩さというのは作者の特長であるだろう。知識人は自分の意思に反するような社会において、かつ自分の危機をかけてまでどこまで社会にコミットするかということが主題になっているのだが、ほかの作者であれば、党員とかデスクとかどうしても日本人に限定するだろう。ところが、木垣の会うのは、アメリカ人の記者(妻を国においていて不倫を恐れている)、中国人記者(妻と子供を上海に残していて、国外脱出させるすべがない)、日系二世の通訳(アメリカ生まれだが戦争前に日本に来て軍部の通訳をしていた。そのためアメリカに戻れない)、上記の旧オーストリア貴族などなど。このような「国際」性と、それぞれの国家や立場を異にした人びとの会話が行われる。面白いのは、会話の結果、人物たちになにかの了解、というか理解とかそういう心のふれあいみたいな安心は生まれることはない。すれ違いはそのまますれ違ったままにされ、君の意見は理解したが自分は納得しないよ、とそれぞれ言い合い、形だけ友好な握手をしてわかれることになる。この交流不可能性、しかし立場を異にする人びとの間の会話の持続というのは作者の姿勢(というか上海経験だとおもう)。なんとなく合意と役割分担が作られる日本の会話ではない。
 このような「外国人」のみならず、日本人もそれぞれ各人の物語をもっていて(とくにアルゼンチンへの脱出を夢みる妻が印象的)、なぜそれぞれはそのような行動を選択するのか、しかも自分の主張と矛盾するような、あたりを考えるのは面白い。
 作者のほぼデビュー作(1951年)、この小説で芥川賞を受賞し職業作家になる。このあと「審判」あたりに結実するような前期の仕事の始まり。