odd_hatchの読書ノート

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中村政則「昭和の恐慌 昭和の歴史2」(小学館文庫)-2 日本の金解禁とアメリカのニューディールを比較。満州事変からの戦争状態が日本をファシズムを伸長する。

2023/01/19 中村政則「昭和の恐慌 昭和の歴史2」(小学館文庫)-1 1988年の続き

 

 1920年からの日本の不況をいかにして克服するか。他国の不況対策と比較すると日本の対策の特長はどういうものか。その問いに答えるために、金解禁とアメリカのニューディールを取り上げる。本書は経済学史の研究者によるものであるが、重要な史実である満州事変が漏れている(別書で詳述)。したがって、日本の軍事行動や植民地統治との関係がわからない。また本書では数行しか書かれていない日本の綿製品輸出とイギリスの貿易摩擦は重要。1930年代の日英の対立の遠因がわかる。1980年代の本なので、全体主義研究が遅れていて、国際情勢を軽視しているのが問題。

金解禁 ・・・ 浜口内閣の井上準之助財相の指示で1930年1月11日に金解禁(日本を金本位制にする)を断行。不況下において緊縮財政・デフレ政策・消費倹約・官吏減給と合わせて乗り切るための方策。(円高にして輸入を増やそうという政策か?)

大恐慌と日本経済の破局 ・・・ しかし1929年のニューヨークの株大暴落から始まる世界不況は深刻だった。どの国も有効な政策を出せないので、不況はとまらない。そこに日本の金解禁。為替で円買いが進み円高に。買った円は金に交換されたので日本が準備した金が海外に流出した。1931年イギリスが金本位制を止める。今度は日本の金本位制廃止を見込んで円売りドル買いが進む。

恐慌と独占 ・・・ 産業界は合理化を進める。九州の炭鉱のように機械化で生産性をあげたところもあるが、多くが賃金カットと人員整理(馘首)。しかし低賃金と合理化、為替の低迷(円安)で日本の安い綿製品は国際市場を席捲する。そしてイギリスとインドとの貿易摩擦が強まり、経済ブロック強化の引き金となった。
(なるほどイギリスが同盟をやめて敵対するようになったのは、これが原因だったのか。)
 アメリカ輸出の絹糸が暴落(需要がないから)。米価も暴落。収入が激減し、赤字になる農家が続出。小作争議や労号争議が起きたが、政府と警察が徹底弾圧。農村のリーダーが没落したのとあわせて、ファシズム再編が進む。産業界は軒並み赤字に転落。いっぽう、ドル買いに走った金融業は膨大な利益をだす。
(以上の既存産業の赤字と不況にたいして、財閥は為替差額を利用して儲けた。このアンバランスが1930年代の財閥バッシングと財界人へのテロルの原因になる。)

不景気と世相 ・・・ 1920年代の分化傾向。モダニズム、大衆文化、学歴社会、都市化と古い共同体の解体
マルクス主義の浸透というテーマで青年の文化運動を取り上げているが、圧倒的に人気のあったのは大衆小説に探偵小説だった。これらを低俗で一蹴するのは誤り。)

破局からの脱出 ・・・ 金解禁によって井上蔵相の思惑とは逆に不況とデフレがいっそう進行した。次の高橋是清蔵相は1931年12月に金輸出禁止と兌換停止を発表。積極財政で公債を増やし、公開市場操作を行う。すると翌年末には回復傾向になった。しかし1935年には公債額が膨大になり悪性インフレの気配が起きたので、緊縮と軍事費削減をめざす。軍部の反対が起き、1936年の226事件で暗殺される。軍部主導の財政政策になり、積極財政と軍事費拡大が進む。

 

 著者の問いかけは、なぜ1929年の世界不況のあと、ニューディール政策をとった日本はファシズムになり、アメリカは向かわなかったのかということ。これは奇妙な問い。以下のことを考慮すれば明らか。
 すなわち、日本は1931年に満州事変を起こし戦争状態に入っていた。すでに軍事動員ができ、国民を統制する治安維持法ができていた。不況対策を取る中でファシズムが勃興したのではなく、すでに日本にはあったのだ(それこそ明治維新の時から)。
 いっぽうアメリカがファシズムに向かわなかったのは、いくつかの要因がある。独立と建国以来の共和主義と草の根民主主義。植民地を国外に持っていないので、植民地経営の政策が本国の政治体制に反映されなかった(「フロンティア」が国内にあって植民地の役割を果たしていた)。労働者の賃金が高く、転業が容易だったので、社会の余所者になる/である感覚を持たなかった。黒人とネイティブへの差別が根強かったので、人種差別を煽っても扇動されるものはいなかった(KKKが最大人数になったのは1920年代)。このようにアレントが分析したような「全体主義」を構成する要件がアメリカにはなかった。
<参考エントリー>
2021/12/03 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-1 2014年
2021/12/02 川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)-2 2014年

 

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