odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

金原左門「昭和への胎動 昭和の歴史1」(小学館文庫)-1 昭和の歴史を振り返る1980年代の企画。第1巻は昭和の前の1918-1925年。日本は形式的には法治主義だが、皇国イデオロギーで動いているので、列強の要求が不当であるとしか見えない。

 昭和の歴史を振り返る1980年代の企画。第1巻は昭和の前の1918-1925年。
今井清一「日本の歴史23 大正デモクラシー」(中公文庫)-1
今井清一「日本の歴史23 大正デモクラシー」(中公文庫)-2 

「改造」の時代 ・・・ WW1の終了後。西洋の貿易が止まったので、日本は対中貿易で儲けていたが、輸出超過(飢餓輸出)で資源が欠乏、インフレが起きていた。1920年の不況で、主要輸出品の養蚕製糸業が大打撃。農家が窮乏。そこで愛国運動、宗教運動、争議、労働運動などの改革運動が盛んになる。
(ベルサイユ講和会議に日本の出席が認められたものの、日本の戦争行動と国内民主化が会議の理念と合わないので日本の主張は受け入れられない。中国との関係が悪化。加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」に書かれたWW1の挫折は本書にはでてこない。あと政党政治家の原敬は反民主主義。民衆政治をしたというが、実業家の利害のために地主や軍部の要求を後回しにした程度の意味。)

デモクラシーの思潮 ・・・ 吉野作造民本主義」、白樺派などの自由主義の学芸運動。(この章がダメなのは、同時期に青年愛国運動などの右翼活動や皇国宗教ブーム、封建的ロマンティシズムの大衆文学ブームがあり、そちらのほうが人気を博していたことを書かないこと。)
松尾尊兌「大正デモクラシー」(岩波現代文庫)

自由教育と民衆教育 ・・・ 大正時代の自由教育、民衆の自主講座のドキュメント。とくに長野県で行われたもの(それがあってか昭和時代の長野県は革新)。自由画教育のスピンオフ例がリンク先。北川民次「絵を描く子供たち」(岩波新書)。(こういう掘り起しは大事だと思うが、ほとんどの教育は皇民化であったことの指摘が漏れている。)

政治的権利獲得への道 ・・・ 下伊那の青年運動。普選運動。女性運動、差別反対運動。(これらの先進性は強調するべきなのだが、同時に右翼や神道新興宗教の運動がありずっと動員力があったことも記さないと。日本の民主化運動がいかに少数で心細い状況にあったかを同時に知らないといけない。)

朝鮮民族独立運動 ・・・ 1919年3月1日の朝鮮独立宣言と50万人デモ。パリ講和会議中の日本は「暴動」とみなし、軍隊・警察による大弾圧をおこなう(公開処刑も行った)。山東半島の譲渡を主張しているさなかだったので、日本の植民地支配の残虐さが世に出ないようにするため。

排日と軍縮 ・・・ WW1のインパクト。まずは欧州情勢のまとめ。
2021/03/09 江口朴郎「世界の歴史14 第一次大戦後の世界」(中公文庫)-1 
2021/03/08 江口朴郎「世界の歴史14 第一次大戦後の世界」(中公文庫)-2 
2021/03/19 木村靖二「第一次世界大戦」(ちくま新書)-1 2014年
2021/03/17 木村靖二「第一次世界大戦」(ちくま新書)-2 2014年

 

 日本はWW1で戦闘にほとんど関与することなく、ドイツ領を割譲され、東アジア市場を独占するなどもっとも労少なくしてもっとも益多しとされる。しかし本書を読むと、実際は異なっていた。すなわち、ドイツ軍が撤退した後の南洋諸島に進駐して領土権を主張するのみならず、山東半島にも駐留し、ロシア革命後の混乱に乗じてシベリアへの出兵をした。強国の権力・軍事力が減少したことに乗じて、植民地と防衛地域拡大を狙ったのだった。19世紀ではこの帝国主義的な侵略行為は大目に見られていたが、WW1の経験は情勢を変えた。列強は民族自決権を認めるようになったことと、新たな外交と軍事のプレーヤーとしてアメリカがでてきたことだ。そのために、日本の領土拡大計画はパリ講和会議の議題になり、軍隊進駐の正当性を主張できないので、日本は譲歩せざるを得ない。続くワシントン軍縮会議でも、アメリカが率先して軍縮を表明したので、日本の希望は通らない。このように、日本はアメリカ(およびイギリス)との関係が悪化する。
 また朝鮮と中国の独立運動が起き、日本はいずれにも苛烈な弾圧をおこなう。講和会議などで問題にされないよう迅速な処理を目指したのだろうが、民衆の憎悪と排日感情を募らすことになった。それはシベリア出兵でのソ連領や満州などでの振る舞いでも同様。こうしてWW1前は、日本はロシアと中国と友好関係をもっていたが、機会に乗じた軍事行動は日本を孤立させるだけだった。そのうえ飢饉や自然災害が多発し、過剰な軍事費は復興を妨げ、インフレを起こし、政府と軍部への不満が募る。

 

 加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」を事前に読んだおかげで、「排日と軍縮」の章に書かれている以上のことを追加してみた。極東は列強から遠く離れているので、多めに見てもらえるという判断があったのかもしれないが、日露戦争の勝利で列強の一角に名を連ねた日本は強国としての論理と倫理を求められる。あいにく日本は形式的には法治主義だが、皇国イデオロギーで動いているので、列強の要求が不当であるとしか見えない。それを国民が支持(山東半島の領有権放棄や軍縮などに政府以上に世論は反発したのだった)。戦争が常に行われている状態では、戦争を止めて平時に戻すことがとても困難になる。
 本書では各地の自由教育や自主講座の活動が紹介されているが、そこでの議論は世論の形成にはほとんど影響しなかった。この民主運動の掘り起しは大事だが、過度な評価はよろしくない。

 

 

2023/01/20 金原左門「昭和への胎動 昭和の歴史1」(小学館文庫)-2 1988年に続く