ここではゲーテのナショナリズムに関する説明が興味深かった。ゲーテはアジア人蔑視の持ち主で、そこかしこで書いている(すでに18世紀後半にはレイシズムがあった、というのが発見。ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」ではレイシズムは植民地経営において現地で生まれたのが、本国に持ち込まれたという説明であったが、その前からあったわけだ。アーレントは中世からの反ユダヤ主義を取り上げていたが、近代国家・国民国家に直接つながるのではないと言っていた(はず)。マンが記録したゲーテの説明を見ると、ドイツやロシアでは国内の少数民族や部族への差別が人種差別に拡大したのではないかと思う。それは列島でも同じで、中世から生まれた被差別民への差別が国内植民地である北海道や奄美琉球に転化され、さらに海外植民地に向かったと説明が出来そうで、そのほうが実態に合っているのではないか)。
貴族主義であるゲーテは歴史を英雄の伝記としてみるので、ナポレオンの偉大さを歴史の英雄としてみ賞賛したのだった(ここは「ワイマルのロッテ」で描かれる)。ナポレオンが民主主義の押し付けをすることには無関心だった。ゲーテは民主主義を敵視していたが、それは民主主義者が起こす革命や騒乱を「自然」でないとしていたから。秩序を人為的に乱すのはダメで不可だったわけだ(ここらへんで原植物を想定しそこから特質が脱落することで現生種が生まれるというゲーテの植物観との相関をみることができそう。変化は自然に起こるもので、そこに介入してはならない)。これはゲーテの政治的な立場や役人としての行動にも影響していそう。自分の存在を利用して利益を得るのに躊躇はしないが、世の中の不満や不備を解消しようという動きには鈍いか、敵対する。そういう保守主義だったのだろう。
このとりとめない講演の最後の数ページにいきなりファシズムの話が出てくる。すでにイタリアではムッソリーニのファシスト党が生まれていた。その影響がドイツ(ワイマール共和国)にも及んでいたのだが、1922年のトーマス・マンがみるに、ファシズムは人種主義(レイシズム)的な民族的異教でありロマン主義的な野蛮(おお、アドルノはここから「啓蒙の弁証法」を構想したと妄想したくなる)、共産主義の側にみられるとする。マンからすると、ドイツのボリシェヴィキ組織のほうが全体主義に近しいとみえたのだろう。
<参考エントリー> 戦間期のドイツ社会主義者の様子
エーリヒ・マティアス「なぜヒトラーを阻止できなかったか」(岩波現代選書)
WW1の敗戦後、ドイツの極右は活動を拡大したが、おおかたは路上の変わり者くらいの認識だった。マンは野蛮に対して人文主義、教養で対峙せよという。もちろんこの目論見は達成せず、ファシズムの野蛮はユマニストを力で蹴散らし、テロも辞さないのであった。マンの見込み違いは30年代の孤独な戦いになる。
2012/02/09 トーマス・マン「マリオと魔術師」(角川文庫) 1930年
2012/11/16 トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(岩波文庫) 1933年
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