初読は男子校の高校生だったので、ウェルテルの苦悩などわからないも同じだったなあ。と往時を懐かしむ。
1774年ゲーテ25歳の時の出世作。1784年に改稿(新潮文庫は改稿後の版を翻訳したとのこと)。
第1部 ・・・ 1771年5月。この世に飽きているウェルテルくんは田舎で静養することにした。親は官職に付け、世話するぞといっているがどうも仕事をする気になれない。スケッチするという理由で田舎暮らしを始めたのだ(この時代、チューブ絵具やキャンバスと三脚はなかったので野外で油絵をかけなかった。できたのは19世紀な半ば。とするとウェルテルくんは木炭か鉛筆(そのころあった?)でスケッチしたのだろう)。ウェルテルくんが考えるのは、
「ぼくはぼく自身の内部に引きさがってそこにひとつの世界を見つけ出す(P18)」「自分の好むときに現世という牢獄を去ることができるという自由感(P18)」
この後ウェルテルくんはアルベルトと自殺の可否を議論していて、真っ向から否定のアルベルトに事情にもよると擁護したりする。
(収入を気にしないですむ高等遊民が田舎に逗留するのは、ツルゲーネフ「父と子」、夏目漱石「草枕」などに影響しているのかなあ。そういう閑や退屈のなかから「ぼく自身の内部」の「一つの世界」という自我を発見するのだろう。この二書でも閑や退屈でできた時間で内省することで、〈この私〉や自我が問題になってくるのだ。それは読書する側も閑や退屈でできた時間を読書に使うのだから、ウェルテルくんの内省は共感できることだ。)
ウェルテルくんは「すばらしい人」と出会う。あの人には婚約者がいる、止めとけと言う忠告も耳を素通りし、舞踏会でであった老法官の娘・ロッテという女性に急速にひかれていく。彼女がすばらしいと思うのは、容姿や顔などではなく、「精神の新しい輝き」を持っていて、女性にあるべき徳を供え、誰にでも親切であり、しかも読書好きで教養があり機知をそなえ賢明であるからだ。男性社会において女性にあるべき徳と技をもっていて、しかも男性を立てるけなげで働き者であるのだ(ただしロッテは上流階級なので、看護や慈善や教育は行っても、家事や料理はしない)。
ほぼひとめぼれであるが、ウェルテルくんは繰り返しロッテの家を訪問して(ロッテに会いに行くのではなく、子供に会いに行くと理由をつけている。まあそうだよね)、ロッテを見ているうちに一目ぼれは恋になる。ひとめぼれ→いっしょにいたい→触れたい、というふうに心が移っていく(まあそうなるよね、うんうん)。でも、ロッテの家に婚約者アルベルトが帰ってくる。ロッテがアルベルトに自分の身の上話をして、目の前で二人がキスしたとき、ウェルテルくんは別れなければならないと決心する。強がってはいるが、相当なショックでありました。
本書は手紙と日記で構成される(第2部では編集者による注が挿入される)。
18世紀なかば、ウェルテルくんは友人のウィルヘルムくんに手紙を出している(ウィルヘルム・マイスターなのかしら)。この時代、手紙は私信で秘匿しなければならないものではなく、宛先の人が周りの人をあつめて朗読するものだった( 池内紀「モーツァルト考」(講談社学術文庫)。なので、このウェルテルくんの手紙もウィルヘルムくんが朗読して周囲の若者たちの知るところになるはず(当然それはロッテの耳に届いただろう)。
手紙では内心を十分に書けないので、ウェルテルの内話や葛藤を明らかにするために日記(ないし手記)が挿入される。もともと誰かに読まれることを想定していない手記には、他人に聞かれたくないこともかくことができる。他人に聞かれないことのほうがより本人の内心なのだ。そのような内面が書かれているのがウェルテルの新しさだったのだろう(もちろん、中世の教父文書からそのような内心を書く文書はあったし、同時代のルソーの「告白録」もそういうものだった)。当時はおそらく音読していたので、内話を声に出すというのも読者には新しい体験になったのではないか、と妄想。
(他人に聞かれないことを書きつけて残すというのは、カソリックの懺悔の方法を踏襲しているというのをどこかで読んだ気がする。たぶん柄谷行人「日本近代文学の起源」。懺悔ではうそをつくことが禁止されているので、同じ方法と意識で書かれた手記は「真実」を語っているという思い込みが生まれる。でも、紀貫之「土佐日記」のように架空のアバターがテキストを書くという設定もあるので、「内面」や「真実」が手記や日記に書かれているというのはやはり思い込みだ。なので、エドガー・A・ポー「お前が犯人だ」やクリスティ「アクロイド殺し」、ブレイク「野獣死すべし」のようなトリックが成り立つ。)
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2021/7/17放送のNHK高校講座 倫理「自然や科学技術と人間」によると、ゲーテはスピノザの影響を受けていて、機械論的自然観を批判した。「生きた自然」という思想を提唱したとのこと。それが「色彩論」などに反映しているのだね。
2023/05/29 ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(新潮文庫)-2 「嫉妬するわたしは四度苦しむ。(ロラン・バルト)」 1774年に続く