odd_hatchの読書ノート

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富原眞弓「ムーミン谷のひみつ」(ちくま文庫) ヨーロッパの個人主義は、エゴと対立する他人をどうするかということを一生懸命考えて行動することなのだな

 「ムーミンを読む」ちくま文庫で一冊ごとの分析をしたので、今度はキャラ分析を読む(出版は「ひみつ」が先)。



 冒頭のムーミンシリーズのまとめが秀逸。
・やさしくわかりやすく、ときとして説明的すぎる。
・年齢や欲求に応じて、多重的に読み解く余地を与える。いくつもの次元の異なる読みを可能にする意図された曖昧さがある。
・巧みに施された伏線。微妙な比喩と象徴。メインプロットを複数のサブプロット。パロディのセンス。さりげないユーモアとアイロニー
・現実世界に生きる等身大の人々の悩みや憧れを語る。エゴとエゴの葛藤、気持ちのすれ違い。
 こういう特長を抜き書きして小説を読むと、「多重的に読み解く」「いくつもの次元の異なる読み」を可能にすることができる。ただ著者はいっかんして読みの多重さや次元の異なる読みにはこだわらないで、キャラの分析やコミュニケーションを深めることによる変化を重視する。それが「現実世界に生きる等身大の人々の悩みや憧れ」を読み解くことになるから。俺のような半可通は象徴や解釈の深みを期待したくなるが、それは各自でやりなさいということなのだ。
 さて、著者のキャラ分析を図式化すると、縦横のマトリックスを作れる。ひとつは伝統墨守-ボヘミアン(放浪志向)という軸で、もうひとつは他人に開いている-閉じているという軸。
伝統墨守で閉じているのが、フィリフヨンカやヘムル
伝統墨守で開いているのが、ムーミンママ
ボヘミアンで閉じているのが、パパやニョロニョロやモラン。
ボヘミアンで開いているのはいなさそう(かろうじてスナフキンが引っかかるくらい)。
このマトリックスに収まらないのは、自己アイデンティティが未成熟なムーミントロールと、独立独歩で闘う術をもっているちびのミイ。シリーズ全体を通すと、ムーミントロールが他人にあこがれるも、すげなくされたり理解できなかったりしていたのが、孤独であることを体験して自己アイデンティティを獲得する、というストーリーを見出せる。著者はそのようなムーミンよりも、母であること強要されてアイデンティティが混乱するママや孤独で寂しい存在がムーミンを認めて冷たさを失うモランや、「ハードボイルド」なちびのミイにより多くの共感をもっていそう。俺は男性なので、パパの憂鬱やスニフの見え張りやヘムルの傲慢などを読み取っていて、女性たちの多面性には無頓着だった。なので本書の読み取りは衝撃的。
(このような読み取りができるのは「仲間たち」と「海に行く」の二冊。この二つがシリーズの白眉なのだね。)
 もうひとつ気づいたのは、人と人の関りの複雑さや多様性について。日本の文学だと、自我に対立する他人と出会った際、ストーリーが終わるころには親密なわれわれ(We)であるか、無関係なやつら(Them)であるかを峻別する。前者であるとわかれば、「ずっと友達でいようね」で締めくくられる。後者であれば別れるか追い出すかになる。その中間にあるおまえら(You)との関係がつくられることはまずみられない。おまえは意見や趣味を異にするけど、いてもいいしおまえを尊重するという認識になることはまずない。でも、ムーミンシリーズではWeにもThemにもならずに他人と距離を取るキャラがたくさんでてくる。そういうキャラと出会うことで、ムーミンたちはとまどったり怒ったり恐れたりする。たとえばニョロニョロやモラン、灯台守の漁師、飛行おに、おしゃまさんなどがそう。ときとしてはスナフキンも取りつく島もないような冷淡なそぶりでムーミンに接したりする(なにしろあいさつなしでとつぜん姿をけすのだし)。日本文学だとこういうキャラは脇におかれるか、あとでわすれられるかだけど、このシリーズではコミュニケーションがうまくいかない人たちとのやりとりがずっと長いこと描かれる。拒絶されたかのように思ってからでは自分はどうするかを考える。行動してうまくいかなくて、でもまた行動する。そのすえに、なんらかの啓示みたいなのがあって、他人がそうあるもいいのではないかと思うようになる。とても微妙な変化。劇的ではないけど、どこか変わったと後で思うような変化がおこる。なるほどヤンソンさんはWeとThemのあいだのYouとのやっかいな関係をずっと問題にしていたのだと知れる。
 ここは日本の文学を参照してもなかなか見つからないところ(俺が読んでいない女性による小説にはあるのかも)。ヨーロッパの個人主義はエゴを満たすことだけやっているのではなく、エゴと対立する他人をどうするかということを一生懸命考えて行動することなのだなと納得。Weの親密な関係にこもりたいし、他人がそうなるよう要求する日本で生まれ育つと、ヨーロッパの個人主義を生きるのは難しい。
〈参考エントリー〉

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富原眞弓「ムーミン谷のひみつ」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/3xc5gtZ
富原眞弓「ムーミンのふたつの顔」(ちくま文庫)→ https://amzn.to/3KD4SIg

 

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