odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ピーター・スワンソン「そしてミランダを殺す」(創元推理文庫) ストーリーもプロットも、さまざまな先行作を思い出して懐かしいなあという感想になる最近作。

 2014年の作品だが、ずっと懐かしいなあ懐かしいなあと思いながら読んでいた。

実業家のテッドは空港のバーで見知らぬ美女リリーに出会う。彼は酔った勢いで、妻ミランダの浮気を知ったことを話し「妻を殺したい」と言ってしまう。リリーはミランダは殺されて当然だと断言し協力を申し出る。だが殺人計画が具体化され決行日が近づいたとき、予想外の事件が……。男女4人のモノローグで、殺す者と殺される者、追う者と追われる者の攻防を描く傑作ミステリ! 解説=三橋曉
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488173050

 前半はテッドとリリーのモノローグが交互に現れる。上のような「交換殺人(リリーには殺したいひとがいるわけではない)」を決めた後に、テッドはミランダを観察していやな女であることを再確認する。リリーは自分の過去を振り返る(二回の完全殺人を行ってきた)。二人は、頭は良さそうだが、誰もが嫌な奴ということがわかる。ことにリリーはうわべの上品さと知的な物言いの裏には、おそるべき殺人衝動があることがわかる(最初のは性暴力への対抗、二度目のはパートナーへの嫉妬)。ここまでは「交換殺人」が成功するかどうかを期待しながら読むことになる
 でも「4人のモノローグ」であると予告されているので、被害者からの逆襲があるはずと思うのだ。その予想はあたり、テッドはブラッドに襲われて死ぬ。リリーは1000マイル(適当)も離れたところで、新聞などで知り、事件に関心をもつ。ブラッドに近寄り、彼を助けようと申し出る。テッドが殺したがっていたミランダはリリーと同じ大学で、リリーのパートナーが「事故死」したことを知っていた。リリーはブラッドをそそのかし、ミランダはブラッドを使って事態を代えようとする。警察も二人の事情聴取を始める。ここで3分の2ほどに到達したので、このあとのサマリーを語る口はつぐむことにしよう。このあと登場する語り手はミランダと事件を捜査する刑事。とても少ない人物だけで進行する小説だ。
 テッドは初期のIT企業を作った男で大金持ち。ミランダも申し分のない肢体を持つエリート。そういう金持ち階級の夫婦のいさかいを読むのはうっとうしいのだが、なるほどこれはパトリック・クェンティンの( 「二人の妻をもつ男」「女郎蜘蛛」(いずれも創元推理文庫)なのだと合点がいった。見た目からも嫌な奴とわかるブラッド(当初は知的な職人であるようだったのに、とちゅうから粗暴で短慮な人間に変貌。ここは描き方を誤っていないか)が手玉に取られる様は、1934年のジェイムズ・ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(新潮文庫)を思い出す。ブラッドの流す汗はフランクの流すものと同じだな。犯罪を犯した女性たちの焦燥と不安はアイリッシュのもの。それが次第にアルレーの悪女ものになる。最後の驚天動地のひっくりかえしは、ある短編に先行例がある。という具合に、ストーリーもプロットも、さまざまな先行作を思い出すことができて、冒頭の感想になるのだった。およそ一世紀前からある「交換殺人」テーマのミステリーも、こうやってパッチワークにすると、新らしさを醸し出すことができるのだね。
 感心したのは、たとえば次のような描写。

「彼女は言った。「好きなのは男性よ。ただし理論上だけど。」/「つまり本当は女性がいいってこと?」/「いいえ。わたしは独身主義者だけど、もしも独身をやめたくなったら、相手は男性がいいってこと」/「なるほどな」ぼくはそう言って、それ以上の説明を求めなかった(P398)」

 どちらも20代か30代の男女の会話だが、欧米のこの世代は(たとえ翻訳のバイアスがあっても)それぞれが自立している「大人」の会話ができるのだなと感心した。日本のエンタメでは、この世代のキャラはもっと幼い。自分のことしか語らない。他人への配慮に欠ける(とくに男性キャラが女性キャラに対するとき)。権力性を露わにする。そういうつたない会話ばかりがでてくるので、日本のエンタメは手にしずらい。書き手の未成熟や無思想がみえるようなのだ。本書もストーリーには特に感心しなかった(しかしさまざまな賞を取っているらしい)のだが、キャラと会話への不満は少ない。日本のエンタメもこのくらいの描写ができないものかねえ。


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