odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

石井正己「NHK こころをよむ 文豪たちが書いた関東大震災」(NHK出版 日本放送協会) 文豪たちの生き生きとした文章で100年以上たった災害を自分事としてとらえる。

 1923年9月1日に発生した関東大震災。東京や横浜、鎌倉などの被災地には文士、芸術家が多数すみ、遠方から見舞いに来た者がいて、当時は未成年であったものがいた。彼らの文章は全集を参照しないことにはなかなかめにつかない。著者は長年、関東大震災に関連する文章を収集してきた人。いくつものアンソロジーがある。今回は、NHK第二ラジオが放送した講演会のテキストで、彼らの文章を参照する。


 震災の記録は多数あるが、官庁や自治体が作成したものは数字と場所と被害の羅列で味気ない。文章のプロである文豪であると、全体をつかむことはできないが、細部と心の動きが丁寧に書いてある。生き生きとした文章を読むと、100年以上たった災害を自分事としてとらえることができるのだ。
 以下の人たちを取り上げる。回数はラジオの放送に合わせたもの。
第1回 本所、深川――河竹繁俊、小泉登美、島木赤彦、高田浪吉
第2回 浅草、上野――中村吉蔵、有島生馬、宇野浩二
第3回 日暮里、田端――野上弥生子芥川龍之介室生犀星
第4回 麹町――与謝野晶子泉鏡花岡本綺堂
第5回 横浜――西川勉、ポール・クローデル、山崎紫紅
第6回 鎌倉――久米正雄、厨川蝶子、岡本かの子岡本一平
第7回 小田原、箱根、沼津――北原白秋谷崎潤一郎若山牧水
第8回 保田、御宿、福井――原阿佐緒三宅やす子宮本百合子
第9回 京都、宮崎、ハルピン――志賀直哉武者小路実篤山田耕筰
第10回 作文――戸板康二丸山真男石田英一郎神西清川喜多かしこ
第11回 流言――小山内薫、里見弴、宮武外骨
第12回 虐殺――内田魯庵吉野作造萩原朔太郎釈迢空
第13回 防災、復興――寺田寅彦永井荷風夢野久作柳田国男
 第1回から第10階までは、個人的な体験。地震の体験やその後の避難などはここではサマリーを作らない。「消火の困難やインフラの停止だけでなく、高齢者避難、帰宅困難者、流言蜚語、トリアージ、震災関連死、災害犯罪、震災孤児、ハコモノ行政などまで、ことごとく記されていることがわかりました」で、この感想には十分。
 以下は俺が気になるところをメモ。
・東京では東の下町低地で被害が大きかった。そのために震災後に東京西部(比較的高地)に引っ越す人が増えた。これによって西部の電車と住宅地が整備され、商業と文化が移動した。以後、東京は西に向かって開発される。20数年後の東京大空襲で再度被災したが、復興の進め方は同じ。
・徒歩や大八車で避難して火災被害にあったことと家屋が焼失したことから、自動車を求める人が増えた。
・文豪のだれかが「30年の文化が煙と化した」と書いている。実際は、江戸から東京は定期的に自然災害や人災(主に火災)によって灰塵に帰していた。その都度復興したのであるが、その地に住んでいる人が係累を頼るなどして出ていくと帰ってくることはまれで、かわりに田舎の出身者が復興中に移り住むようになった。江戸と東京は人が数代で入れ替わるので、結や惣などの共助組織が作られることはまれで、地縁の薄い都市だった。

 震災は触れなくとも、震災に便乗したジェノサイドに触れないわけにはいかない。以下は本書にはほとんど書かれていないのが残念。
・文豪らの見聞では、自警団が独自に動いているようであるが、実際は震災の直後から戒厳令が敷かれた。軍隊と警察が橋や街道などを警備し、人の出入りを監視していた。そして朝鮮人の暴動に関する流言を取り締まることはなかった。朝鮮人の逮捕や虐殺を行ったのは軍隊や警察が最初であり、彼らの指導で自警団が虐殺に加担したという調査がでている。

・流言の内容は植民地朝鮮で日本軍や警察が行っていたことだった。その体験者が帰国して在郷軍人会を組織していた。場所によっては自警団になり、虐殺に加担していた。

・虐殺は数週間で終了したが、死骸を軍隊が河川敷などに埋めそのまま放置した。戦後の調査発掘によって、多数の遺骨が発見された。

・これまでは神奈川県内での朝鮮人虐殺はないとされていたが、資料や遺骨が発見されるなどして、県内でも虐殺があったことがわかっている。

戒厳令、軍と警察の出動、在郷軍人会と自警団などが組織的に虐殺を行った。同時に、新聞や雑誌には厳しい検閲があったので、報道されなかった。

・虐殺の対象になったのは朝鮮人だけではない。中国人、彼らと見誤られた日本人、社会主義者などがいる。震災の混乱と流言飛語でパニックになった日本人が起こした偶発的な事件ではない。軍や警察などに主導された組織的計画的なジェノサイドだった。当然、それに加担した一般人にも罪と責任がある。

 ということで、日本の近現代史において日本人の汚点である事件だった。自然災害と合わせて覚えておこう。

〈参考エントリー〉
2021/03/11 小沢健志「写真で見る関東大震災」(ちくま学芸文庫) 2003年
2021/03/12 吉村昭「関東大震災」(文春文庫) 1977年
2024/05/02 渡辺延志「関東大震災「虐殺否定」の真相 ハーバード大学教授の論拠を検証する」(ちくま新書) ラムザイヤー論文を検証。執筆者も、当時の政府も軍も警察もフェイクニュースを流していた。 2021年

 

 

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