odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

フョードル・ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 1」(光文社古典新訳文庫)第1部第1・2編 女好き・神がかり・金儲けの一家が初めて揃う

 ドスト氏は社会変革を強く望んでいた。それは若いころからあり、ペトラシェフスキー事件で流刑にあっても失せることはなかった。しかし監獄体験で、西洋由来の自由主義・民主主義・社会主義ではロシア社会を変革できないと確信することになり、別のやり方による社会変革を構想する。いくつかの構想をシミュレーションし、「罪と罰」「悪霊」にまとめてきた。人間の超人化、「新しい人間」の集まりが社会を変えるはずであったが、ことごとく失敗・挫折してきた。次の試みが「カラマーゾフの兄弟」。ドスト氏はどのようにして変革を実現しようというのか。これまでの失敗や挫折を克服する方法を見出すことはできるのか。
 1879年に雑誌に連載され、翌年に単行本になった。冒頭の「著者より」にあるように、33歳になったアリョーシャの物語が第2部で書かれるはずであったが、ドストエフスキーの急逝により構想は未完成になった。 

兄弟にしぼったカラマーゾフ家の相関図はこれがわかりやすい。

 



著者より ・・・ 覚書で序文。「私の主人公、アレクセイ・カラマーゾフ」「あいまいでつかみどころのない実践家」「伝記はひとつ。小説はふたつ(13年前と現在)」。
 このメッセージを読むと、アレクセイ・カラマーゾフを主人公にしたふたつめの長編を妄想したくなる。
亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書) 2007年
第1部
第1編「ある家族の物語」 ・・・ 今から13年前の現在の物語。父フョードルは成り上がりの地主。前妻の持参金や財産を取り上げ、駆け落ちした妻が死んだために財産持ちになった。酒好きで好色な道化。次の妻も若くして亡くなる。前妻との間にドミートリーが生まれ、後妻との間に次男イワンと三男アレクセイが生まれた。フョードルは飲んだくれて一切の養育をしなかったので、子供たちは別々のものに育てられた。使用人グレゴーリーに育てられたドミートリーは軽率で向こう見ず、激しやすく、派手好き酒好きだった。陸軍幼年学校に行き将校になったが、借金もちで首が回らない。長いこと父から財産・遺産分割を要求してきたが、フョードルの奸計で全く金が手に入らない。次男と三男は将軍夫人が引き取り金を残した。イワンは気難しく引きこもりがち。秀才で大学に進み、ジャーナリズムに入り込んで評論家として名が知られてきた。三男アレクセイは清廉で純潔、不正を嫌い真実を求めていて、誰からも愛されていた。19歳でゾシマ長老がいる実家近くの修道院に入った。正式な僧ではないのに修道服を着ている。ゾシマ長老65歳が目に見えて衰えてきてたが、彼が亡くなったら栄光が修道院にもたらされるはずと思われている。ドミートリーの請求がうるさくなったのか、フョードルは長老の前で財産分与の相談をすることに決めた。こうしてドミートリー28歳、イワン24歳、アレクセイ20歳の三人の兄弟が初めて顔を合わせることになった。
(ゾシマ長老の説明の中で、ロシア正教会の長老制度がながながと説明される。強い権威と強制力を長老と弟子の間で結ぶことになり、弟子のほうから関係を切ることはできない。なぜそのような話があるのか不審だったが、これが第2部の「大審問官」にかかわるわけだ。三人の兄弟は似たキャラを以前の小説でいろいろ見つけられそう。集大成を意図していたのだろうなあ。)
(「白痴」でムイシュキン公爵が、「悪霊」でスタヴローギンが帰還するところから物語が始まったように、ドスト氏の小説では誰かが帰還すると、事件が起こる。「罪と罰」でもラスコーリニコフの母と妹が逃げ帰ってきてから騒ぎが複雑になりおおきくなったものだ。)

第2編「場違いな会合」 ・・・ その相談の日、カラマーゾフ家のひとびとは修道院に向かう。通された部屋でゾシマ長老と初めて会っフョードルは冗談、小話、つくり話を連発して周囲を呆れさせる。自分を道化と見ているので、厳粛な場にあっても彼は場の緊張を転換するトリックスターになる。でも酒浸りと紹介された割にはフョードルは教養がありそう。
 長く臥せっていたのでゾシマ長老に会いたいとい人々(多くは女性)が集まっている。ヒステリーや神がかりの人たちがゾシマに触れられて快癒してしまう。ゾシマは、自分の隣人を愛せ、少しずつ長けるにつれて神が実在することと霊魂が不滅であることを確信することができるという。しかし一人の女性(足が悪いリーザ14歳の母)は長けることは可能か、愛が薄れないか、人類一般を好きになると個人一人一人を愛せなくなるいや嫌悪を感じるようになる、感謝されないことに耐えられないと訴える。ゾシマは嘆くだけで十分であり、うそを避けるようにと忠告する。
(ゾシマ長老の諭しはソーニャ@罪と罰と同じで、それに対する不安や不信はラスコーリニコフが思っていたこと。中村健之介「永遠のドストエフスキー中公新書によると、ドスト氏自身は博愛主義者にして反ユダヤ主義者。人類一般を愛せるが、属性などが異なる人々を差別する人であるという。)
 イワンが書いた論文について神父たちが議論している。イワンの論文は国家から教会を分離することを全否定するという内容。神父は、犯罪者が国家に裁かれても自分は神を信じていると思っているのであれば更生することはない。であれば、国家と教会が一体になって犯罪者を破門するようになれば、犯罪抑止につながるといい、ゾシマ長老も肯定する。神父はさらに、ローマは教会が国家に変わろうとしたがそれは誤りで、ロシアのように国家が教会に変わるべきだという。
(以上はたぶん「作家の日記」などでみられるドスト氏の主張なのだろう。これを見ると、ロシアでは異端審問はなかったのか、その情報は入っていなかったのかと思う。教会の無謬性に対する疑義はロシアで議論されなかったのかしら。)
 イワンがいうには、不死に対する信仰(すなわち神への信仰)を根絶すれば、あらゆる生命力が涸れはてる、そのとき不道徳はなくなってすべて(人食いでも)許される。無神論者には悪事が許されるどころか、もっとも賢明な結論として認められるのである。
(とても極端な主張。これは国家と教会の一体化を肯定する議論を踏まえると、もし一体化が不可能であればこのような道徳の逆転が起こり、生命力の枯渇を招くことになるから、逆説的に前提である一体化の正当性が証明されるという理屈かしら。)
 ドミートリーがスメルジャコフに誤った時刻を教えられたので、遅れてやってきた。フョードルが息子を侮辱し、借金があるのにあるお嬢さんにプロポーズしただの、大尉を暴行しただのいいたてたので、ドミートリーは激高。どれもフョードルが炊きつけたことではないかと父をなじる。ふいにゾシマ長老がドミートリーの足元に跪き、退室した。こうして相談はうやむやに終わる。
(ドミートリーの軽率と激しやすさは、のちになって自分自身に跳ね返った。なにしろ目撃者が多数いる前だったので、誰もがよく覚えていたのだ。)
 寝室に戻ったゾシマ長老は自分の死が近いことを悟り、アリョーシャに「ここはお前のいる場所ではない」と俗世界に降りることを命じる。キリストがついている、悲しみのなかに幸せを求めよと忠告も忘れない。
ラスコーリニコフやスタヴローギンにこういうメンターがいれば、犯罪には向かわなかったかな。でも、いずれアリョーシャが父殺しを考えるようになりそうだから、メンターなしで一人で考えるのがよくないのだろう。)
 同じ修道院の修道僧ラキーチンがアリョーシャに声をかける。坊主の一家の息子なので修道院にいるが、本人は野心家で嫉妬深く、起業を考えている。性格の良くないラズミーヒン@罪と罰で、マスロボーエフ@虐げられた人々の弟分。彼はカラマーゾフの家に犯罪が起こると予言する。それはフョードルとドミートリーの間で起こり、というのもこの二人はグルーシェニカ(ラキーチンは「売春婦」とののしる)の取り合いをしているから。ドミートリーにはカテリーナという大尉の娘と婚約していたのに、破棄してまでグルーシェニカにいれこんでいるのだ、それはフョードルがそそのかしたから。さらにラキーチンは、イワンはほら吹きではったり屋で思想全体が卑劣だという(不死への信仰を根絶すれば悪事が許されるという考えはドミートリーだけでなく、スメルジャコフにも影響を及ぼしていたのを先取りしているのか)。アリョーシャには父の好色と母の神がかりが受け継がれている。好色と神がかりと金儲けがカラマーゾフ家の特長なのだと、彼の観察を披露し、アリョーシャを圧倒しようと仕掛ける。
 そこに食事会で「大醜態スキャンダル」が起こる。庵室での醜態を恥じて帰ったはずのフョードルが戻ってきて、食事会に参加しているものたちにあてこすり、皮肉、よくない噂話、デマなどをとうとうと言い立てて全員を憤慨させたのだ。食事会は解散になり、上機嫌のフョードルはアリョーシャに家に帰って来いと命じる。

 

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2024/10/02 フョードル・ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 1」(光文社古典新訳文庫)第1部第3編「女好きな男ども」 のちの殺人事件の推理の手がかりが書かれている。 1880年に続く