米川正夫訳ドストエーフスキイ全集から後期短編や評論、講演などを抜粋したページを作った。これを再読する。

エドガー・ポーの三つの短編 1861.01 ・・・ ドスト氏はエドガー・A・ポーの特長をこう捉える。「彼はほとんど常にもっとも特異な現実を取って来て、自分の主人公をもっとも特異な外面的、もしくは心理的な状況に置くが、その人間の魂のあり方をなんと驚くべき正確さをもって物語ることだろう!」「描かれた人物なり事件なりのデテールが、すべてまざまざと目に浮かんでくるので、ついには読者はその可能性、現実性を確信せざるを得ないような気持ちになる」「ポーには、よし怪奇性があるとしても、それはなにか物質的なものである」。これはエドガー・A・ポーを語っているようで、ドスト氏が自分自身を説明しているよう。
(埴谷雄高同様に、おれから見て、なんどでも再読できる文芸作家はシェイクスピアとエドガー・A・ポーとドストエフスキー。後は埴谷は選んでいないジェイムズ・ジョイス。ちょっと落ちてトーマス・マンかな。)
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以下は個人雑誌「作家の日記」で発表された。
ボボーク(ある男の手記)1873 ・・・ ボボークは豆粒のこと。ここでは「ボボーク、ボボーク」とつぶやく呆けた死者がいるので、意味ない言葉・タワゴトという意味。埋葬された死者が「ヨナフォートの谷(旧約聖書に登場するエルサレム近郊の渓谷。ユダヤ終末論に登場)」と自称する墓地の下でくっちゃべっている。いわば煉獄にいる連中が天国行きを待っているの図であるが、ダンテ「神曲」と異なるのは、墓地の死者たちは退屈しきっているところ。いつまでたっても訪れない「新しいエルサレム」を待つのに飽きている。墓地では、生前の階級や役職はそのままなのに、平等が実現していて、誰にでも対等に話ができる。というのは肉体を失い埋葬地から動けない死者はどんな罵倒や悪罵を投げつけられても権力で報復することができないから。なので、みな好き勝手に何もしないでしゃべる。そうなると、死者は貪欲や性欲など生前に抑圧されていたことを表現できるようになり、人間だった時の品位を低めてしまう。そのうえだれもが身の上話をするので、生前の犯罪や不正もむき出しになる(しかしもはや罰せられない)。身の上話をするという一点を除いて、これは「死の家の記録」の監獄に近いのかもしれない。あるいは「水晶宮」の諷刺であるのかもしれない。
(将軍はよその奥さんの寝台の下から下男に箒で叩き出されたというし、七等官の追従者にレベジャートニコフ(「罪と罰」に同名のキャラが少し登場)なるものがいて、過去の自作のパロディでもあるよう。)
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キリストのヨルカに召されし少年 1876 ・・・ 病気の母親や老衰した祖母が死に、空腹にいたたまれなくなった男の子が道に飛び出し、窓越しに市民のヨルカ祭を覗く。追い出されて道端で横になると、「わたしの降誕祭樹(ヨルカ)のお祝いに行こう」という声が聞こえ、まばゆい光に包まれる。男の子と似た境遇の子供たちが集まっている。似たような物語をドスト氏の小説のどこかで読んだはずだが、思いだせない。もしかしたらラスコーリニコフの幼年時代の思い出だったか、マルメラードフ家の子供たちだったか。苦しむ子供たちが放置されるというドスト氏が繰り返し強調する社会問題がある。まずは、「巡査がそばを通り抜けたが、わざと少年に気がつかないふりをして、そっぼを向いてしまった」という公的サービスの無関心があり、1コペイカで追い出す市民や小金持ちの傲慢がある。ドスト氏は社会的に解決する道を示さず、もっとも苦しむもの悲しいものがキリストに最も近いという観念を示す。「罪と罰」のソーニャが神聖視されるゆえんか(翻ると「神さまを信じていない」ラスコーリニコフはキリストのヨルカには参加できない)。男の子が市民のヨルカ祭を覗いているのに、小銭の施しで追い出されるというのは、チェルヌイシェフスキーが考える「水晶宮」に対する批判なのかも。あるいは「水晶宮」から排除されているというドスト氏の気分を反映しているのかも。
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百姓マレイ 1876 ・・・ 「死の家の記録」第2部にあってもおかしくない短文。クリスマスのとき監獄は多少のことは大目にみられる。密輸した酒で酔っ払える。泥酔した百姓数人がタタール人を袋叩きにした。その醜悪さにへきえきして自分のベッドにもどったとき、9歳のできごとを思いだした。ふいに「狼が来る」と思い込んで恐怖にふるえているとき、50歳くらいの老人百姓であるマレイがこどものドスト氏をなぐさめた。「キリストさまがついてござらっしやる」といって。その記憶を反芻するうちに、「今こそ自分はこれらの不幸な人々(囚人になった百姓たち)をぜんぜん別な目で見ることができると直感した。そして、急になにかある奇跡によって、あれほどの憎悪と毒念がわたしの胸から、残りなく消えたような気がした」。ラスコーリニコフにはこのような大衆や百姓への共感や信頼を持つ瞬間は現れなかった。ラスコーリニコフはソーニャを通さないと、不幸な人々を「ぜんぜん別な目で見ることができ」ない。あとロシアの百姓に限らず、個人ではいい人なのに、徒党を組むと排外的になり暴力を振るうようになるのは世の通例。個人の善良さをいくらあげても、集団の悪質さは帳消しにならないよ。
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百歳の老婆 1876 ・・・ 104歳のお婆さんが床屋の店先で「病気もなしに極楽往生を遂げた」。だれも動揺しないで葬儀の準備を始め、彼女のことを語り合う。静かで幸福な死。直前に「罪と罰」を読んだので、脳天に斧を食らってこときれた金貸し老婆の死と比較してしまうな。あの因業婆さんももっと年取って枯れれば、この老婆のように賞賛されただろうに。前の3分の1が若奥様の語り。女性が語り手になるのはドスト氏の小説ではめずらしい(他には「ネートチカ・ネズヴァーノヴァ」くらい)。
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大長編のスピンオフまたはスケッチという趣きの小品。あまり熟慮しないで技術で書いたと思う。そのぶん、ドストエフスキーの地の気分や考えがうかがわれるとおもう。
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