2025/01/13 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 中」(岩波文庫)第4部4 ソーニャはラスコーリニコフに神を問う 1866年の続き
ソーニャとの対話で深刻な打撃を受けたラスコーリニコフは、今度は警察の追及を全力でかわさなければならない。


5.翌朝11時にラスコーリニコフは警察署に生き、ポルフィーリィに面会を求める。この予審判事は憎悪・嫌悪しか感じないが、何を考えているかさぐりを入れたい。ポルフィーリィは事件の話はしないで、無駄口をたたく。「私は軍人になればナポレオンにはなれなくても大佐くらいにはなれた」(前日の面会で、ラスコーリニコフの論文にナポレオンが出てきたとか、ザメートフが「婆さんを殺したのは未来のナポレオンだ」といったことの続き)。ラスコーリニコフが苛立って「俺を逮捕しろ」というと、ポルフィーリィは「2×2=4」のような証拠を手に入れたい。それには疑惑と恐怖の中に置くのがよい。犯罪者は心理的に私から逃げられない」「自分は道化役者。自然だから犯罪者はうそをついて尻尾を出す」という。そして冗談や架空の話のように、ある犯罪者の動向を語って聞かせるが、それはラスコーリニコフ自身の行動にほかならない。事件の翌日、現場の部屋を借りにいき、職人と話していたことも知っている。そして捜査の手の内をあかしていく。ラスコーリニコフは青ざめてつめよると、ポルフィーリィはあなたに思いがけない贈り物があると言って、隣部屋をあける。
(ポルフィーリィは「地下室の手記」の語り手が嫌った2×2=4を大事にする人。合理主義や自然科学の立場にたっている。冷静な観察と収集した情報に基づいて、ラスコーリニコフの犯罪を正確に再現し、犯罪者の心理を的確に言い当てる。「猫が鼠をいたぶる」ようというのは、ラスコーリニコフの感想だが、まさにそう。ではポルフィーリィがラスコーリニコフに敵対しているかというと、そうはみえず、ナポレオンにはなれなくとも大佐くらいにはなれるという発言をみると、ラスコーリニコフの考えに共鳴しているのではないか、過去に同じようなことを考えていたのではないかと思わせる。あいにくポルフィーリィは警察組織の一員になってしまったので、「踏み越える」ことはしないし、踏み越えようとするものを処罰する。彼が敏腕警察官であるのは、踏み越えようとする犯罪者を自分のことのように想像できる思考と体験があるからではないか、と妄想できそう。)
(ドスト氏は「罪と罰」執筆以前にポーの「モルグ街の殺人」を読んでいるので、デュパンのイメージを反映しているかも。ただしデュパンは大柄な貴族であり、ポルフィーリィは小柄な庶民。組織の人であるポルフィーリィは、デュパンやブラウン神父のように「自由」に捜査することはできない。
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2019/05/28 エドガー・A・ポー「ポー全集 3」(創元推理文庫)-1「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」
1860年代には警察の活動を描く小説がでていた。たとえばガボリオの家庭小説=探偵小説。ドストエフスキーの方がはるかに詳細で精緻な描写になっている。内側から警察を経験しているかいないかの違い。
2022/05/11 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1869年
2022/05/10 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-3 1869年
ポルフィーリィの方法は、犯罪者そのものになりきって、内部から殺人者を観察するというブラウン神父の方法と同じかもしれない。
2013/08/08 ギルバート・チェスタトン「ブラウン神父の秘密」(創元推理文庫))
6.突然騒ぎが起きて、ニコライという男がポルフィーリィの前に出て、自分が犯人だと自白した。ポルフィーリィはうろたえ激高する。ふとわれにかえると、ラスコーリニコフに帰っていいと戸口まで送り、互いに手が震えていると言い合う。ラスコーリニコフが部屋に戻ってポルフィーリィとの闘いを分析していると、職人がポルフィーリィに告げ口しに行ったことを謝りにきた。警察でポルフィーリィから陰に隠れていろ、俺があいずしたら出て来いと待っていたのだった(ニコライが突然自白したので、出番なし)。彼の証言はとてもあいまいな内容。どうとでも取れる内容だ、戦いはこれからだぞとラスコーリニコフは憎々し気な微笑を浮かべる。
(第5章ではポルフィーリィはラスコーリニコフをほとんど追い詰めていたが、職人らしきニコライが自白したことで推理が誤っていたと思わされる。それでも、ポルフィーリィはラスコーリニコフへの関心を止めない。)
(ラスコーリニコフに謝りに来た職人は別れ際にもう一度許しを請う。「神様が許してくださるさ」とラスコーリニコフは答えた。ごく一般的なあいさつとも、ラスコーリニコフが神の代わりに立っているとも、呪われたものでも神を愛せることであるとも取れる返事。ソーニャと話しをしたからこう言えたのか。ソーニャの「あなたは資格のない人」に対して挑戦しているのか。)
第4部のクライマックスは第4章のソーニャとの会話。巨大な山頂に昇った後はくだるだけであるが、ドストエフスキーはそのさきに小峰をおく。いや、小さく見えるのはその前があまりに巨大だったからで、第5章の主題だけで一冊かけるくらいなのだ。これまでさまざまな犯罪小説、探偵小説を読んできたが、加害者と捜査官の会話がこれだけの緊迫感をもっていたものがあるだろうか(いやない)。犯罪小説としてはとても初期の作品(1866年)だが、のちの人々が越えられないほどの完成を達成していた。
(ミステリ好きなら、マルメラードフやソーニャ、スヴィドリガイロフがでてくる章をはぶいて、警察とのやり取りだけを抜粋した探偵小説版「罪と罰」を作って読んでみてもよい。)
フョードル・ドストエフスキー「罪と罰」
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2025/01/09 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 下」(岩波文庫)第5部1.2.3 ラスコーリニコフはルージンの策略を見破ってソーニャを救う 1866年に続く