2025/01/14 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 中」(岩波文庫)第4部1.2.3 ドゥーニャがルージンの求婚を拒絶する 1866年の続き
ソーニャとの会話。「罪と罰」全体の白眉。


4.午後11時。ラスコーリニコフはソーニャの部屋に行く。ソーニャの部屋は「おそろしく天井の低い部屋」「物置」「いびつな方形」(ラスコーリニコフの部屋の比喩に似ている)。ラスコーリニコフ「これが最後、もう会えない」。間をあけて二人は椅子に座る。ソーニャはカチェリーナが狂っている、泣いている、苦しんでいる、正義を求めていると嘆く。残された子供たちは神が守るという。ラスコーリニコフは「神さまもぜんぜんいないのかもしれない」と冷やかすと、ソーニャは激しく否定する。5分ほど無言でいた後、ラスコーリニコフはすばやく身をかがめると床の上に突っ伏してソーニャの足に接吻した。
「ぼくはきみにひざまづいたんじゃない。人類のすべての苦悩の前にひざまづいたんだ
(ここでラスコーリニコフはソーニャの人称を変える。より近しい存在と認めた印)」。
ソーニャ「私はたいそうな罪の女なのにどうして」。ラスコーリニコフ「君が罪の女である理由は、きみがむだに自分を殺し、自分を売ったことだ。どうして君のなかにはそれほどの汚辱といやしさがまるで正反対の神聖な感情と同居していられるんだ? さっさと頭から水の中に飛び込んでひと思いにけりをつけてしまうほうがずっと正しいじゃないか?」。ソーニャ「でもあの人たちはどうなるんですか?」
(通常「罪の女」とされるのは「いかがわしい職業」についているからとされる。でもラスコーリニコフはそこには触れずに「むだに自分を殺し自分を売った」ことが罪だとする。ドゥーニャの自己犠牲を彼が否定するのも同じ考えからだろう。ラスコーリニコフは全人類の救済をするならば「あれ」「醜悪な計画」を実行することが許されると考えているので、ソーニャやドゥーニャのような自己犠牲は凡人のすることなのだ。たいていの「それほどの汚辱といやしさ」にあるものはカチェリーナのように病気になったり気が狂ったりして神聖な感情からは遠く離れている。「ひと思いにけりをつける」不幸せな女をラスコーリニコフはこの数日に何回か見てきた。ラスコーリニコフは身投げして助かった娘達を冷笑したりする。「虐げられた人びと」のネルリは病気と自己犠牲が同居しているが自分でけりをつけた。そうでない決心をするのは、ソーニャと「地下室の手記」第2部の娼婦。)
(ソーニャ「でもあの人たちはどうなるんですか?」はルージンのような打算の結婚やスヴィドリガイロフの虐待と懲罰に対して向けられている。もちろんラスコーリニコフの殺人にも。)(ドゥーニャの結婚を拒否したときに、ラズミーヒンも「あの人たちはどうなるんですか?」という意味のことを言ったのだが、ラスコーリニコフは応えなかった。なぜラズミーヒンや家族の問いには応えなかったのか。そのうえ、ラズミーヒンが肩代わりをするのを聞いて、彼に任せてしまった。ラスコーリニコフは他者依存が強い。)
ラスコーリニコフはソーニャが気がくるっているはずと証拠を探す。
ソーニャ「神さまがなかったら、わたしたちはどうなっていたでしょう」。ラスコーリニコフ「神はなにをしたんだ」と蔑む。ソーニャ「言わないで。あなたはその資格のない人」。
(資格とは神に問いかけることについて? ラスコーリニコフが神の掟を「踏み越え」ていることをソーニャが知っていたので?)
ラスコーリニコフはロシア語の古い聖書をみつけ、ラザロを読んでほしいと願う。ラスコーリニコフもソーニャも教会にはいかない。聖書はリザヴェータから贈られたもので、ふたりは神秘めいた会合にでている。ソーニャ「リザヴェータは神をみん人です」。
(訳者の注によると、教会に行かずに信仰を持っているのはソーニャとリザヴェータが観照派というロシア正教から分離したカルトに属していたからだという。この派では、宗教的な興奮状態にはいったときに神・キリスト・聖霊などさまざまな幻をみるという。さらにリザヴェータが絶え間なく「妊娠していた」第1部第6章から、彼女はこの派の巫女のような役割であったと考えられているとも。)
ヨハネ福音書第11章の「ラザロの復活」を朗読する。ポイントはここかな(ここの引用は米川正夫訳)。
「イエス彼女に言いけるは、なんじの兄弟は甦るべし。マルタ、イエスに言いけるは、終わりの日の甦るべき時に、彼甦らんことを知るなり。イエス彼女に言いけるは、われは甦りなり、命なり、われを信ずるものは、死すとも生くべし。すべて生きてわれを信ずるものは、永遠に死することなし。なんじこれを信ずるや? 彼女イエスに言いけるは―――」「主よ、しかり! 我なんじは世に臨(きた)るべきキリスト、神の子なりと信ず」
このあとイエスが命じてラザロが復活し、それを見ていた人々がイエスを信じる。
「ゆがんだ燭台(しょくだい)に立っているろうそくの燃えさしは、奇(く)しくもこの貧しい部屋の中に落ち合って、永遠な書物をともに読んだ殺人者と淫売婦を、ぼんやりと照らし出しながら、もうだいぶ前から消えそうになっていた」
(訳者の解説によると、殺人者と淫売婦は呪われたもので、ヨハネ黙示録にある最後の審判で復活した人が入れる「新しいエルサレム」に入ることが許されない人のこと。そのような呪われた人がイエスによる蘇りと永遠の生命を知ろうとする。)
(リザヴェータとソーニャが「性の生贄」として、男に奉仕させられていて、世間からは呪われたものとして差別の対象になっていることに注意。イエスは、神の国に近いのはそれまでは修業を積んで人徳を高めた聖職者であるとされていたのを、貧しい人・悲しむ人の方が近いと主張した。とくに差別を受けていた娼婦・業病人・取税人などが神の国に入る資格があるといった。そのことを想起すること。)
(この部分をシェストフは「悲劇の哲学」でこのように解釈する。
「彼はソーニャの手に福音書があるのを認めるや否や、その中のラザロの復活を読んでくれと頼む。山上の垂訓も、パリサイ人と収税吏の寓話も、つまり、トルストイが「善と同胞愛、それが神である。」と公式化した所の、福音書の中で近代倫理學に移し換えられる何ものも、彼には興味がないのである。彼は之を探求し、體驗して、そしてドストエフスキーと共に、聖書から取出して個々のものとして見るときに之等は真理ではなく虚偽であるという信念を獲得したのである。彼は未だ、眞理は知識の中にはなく、「最後迄悩む者は救われるであろう。」という神秘めいた言葉の書かれている所にあるということは容認してはいないのだが、然し己が眼をソーニャの依って以て生きている希望の方へ向けようとはしているのである。」
ドストエフスキーの文体によって、読者は魔術にかけられてほとんどラスコーリニコフに同化してしまうのだが、端から見るとラスコーリニコフの関心は自分自身にしか向けられていなくて、その自己中心的なふるまいはほとんど滑稽と紙一重になるのだね。)
ラスコーリニコフ「ぼくは肉親、母と妹を捨ててきた。縁を切ってきた。いま、ぼくのはきみひとりしかいない。ふたりとも呪われたもの同士だ、一緒に行こう。打ち壊すべきものを、一思いに打ち壊す、そして苦しみをわが身に引き受ける。自由と権力だ。ふるえおののくいっさいのやからと、この蟻塚の全体を支配することだ」
(訳者の解説によると、蟻塚は「地下室の手記」で合理主義的・全体主義的な未来社会図を指すのに用いた「蟻塚」とされる。現実の民衆の姿の象徴や分離派宗徒が正教徒たちを罵って言う言葉として当時は使われていたとも。)
(ここでは、第3部第5章でポルフィーリィが発した「新しいエルサレムを信じているか」「神を信じているか」「ラザロの復活を信じているか」の質問にラスコーリニコフはすべて「信じています」と応えているのを思いだそう。ソーニャの神聖な感情に触れたことによって、この問いに軽々しくこたえることができなくなる。むしろ自分を呪われたもの、社会から排除されたものと自覚することで、「新しいエルサレム」でも「蟻塚」でもない別のどこかを構想するようになり、その実現には「蟻塚の全体を支配する」ことが手段になる。なので、エピローグを終えたラスコーリニコフが神を中心とする共同体を組織するだろうとか、皇帝を暗殺する計画を胸に抱くようになるという推測が出てくるのだ。ラスコーリニコフの考えはおよそ日本人離れしている。この国では殺人を行ったものは放逐されるか、仏門に降るかというのが一般的。ラスコーリニコフのように殺人行為を反省することはなく、自分の在り方を問い直し別の「計画」をもつようになる人はまずいない。例外的に、こういう考えを持った日本人は鎌倉時代の新宗教の教祖たちの何人かしかいないのではないか。だから「罪と罰」は殺人者ラスコーリニコフが清純な乙女ソーニャの手引きで改心して反省する話などではない。)
(ラスコーリニコフはソーニャも「踏み越えた、自分で自分に手を下した。ひとつの生命をほろぼした、自分の生命を」という。ソーニャは何を踏み越えたのか。ラスコーリニコフはソーニャが一人きりでいれば自分と同じように狂ってしまうという。踏み越えは一人で行うには人間の肉体には不可能なことであるが、複数であれば正気を保ったまま続けることができるのか。)
このあとラスコーリニコフは「リザヴェータを殺したのはだれか、いうよ」と言い残して去る。
ソーニャ「ラスコーリニコフはおそろしく不幸なのに違いない」
(ラスコーリニコフがそれを言ったとき、リザヴェータとの宗教儀式を行い聖書を贈られるまでになったソーニャはどういう反応をするか。また、ソーニャのいう不幸はたとえばカチェリーナの不幸と同じなのだろうか。それにしてもこの会話をかわしたのは24歳の男と18歳の女だった。なんという知性と理性。)
おどろくべきことに、この章全体のやりとりをソーニャの部屋に隣り合った空き室でスヴィドリガイロフが立ち聞きしていたのである。
(そのために一時間も立ちっぱなしであったというのは、「分身(二重人格)」のゴリャートキンと同じではないか!)
これはすごい!と感嘆するのであるが、時間を置き距離を開けて見直すと、ラスコーリニコフの考えに危ういところをいくつも見いだせる。
・ラスコーリニコフはソーニャを「踏み越えた者」とするが、ソーニャの罪が「いかがわしい職業」について「むだに自分を殺し、自分を売ったこと」にあるとするが、それをラスコーリニコフ自身の踏み越えといっしょにするのはおかしくない? ソーニャの職は他から押し付けられたものであるし、そこには男性による女性差別もある。その被害者にあることを「踏み越えたもの」と神聖化するのは男の傲慢ではないか。「ひとおもいにけりをつけなかった」やその職業にありがちな自分の価値がないものとして投げやりな人生を送らないことを賞賛するが、ラスコーリニコフ自身が自分の価値や人生の意味を喪失して投げやりになっているのではないか。
・ソーニャは母カチェリーナやこどもたちのような不幸せな人たちに「あの人たちはどうなるんですか」と共感・共苦を持てる。ラスコーリニコフは家族や友人と縁を切ってきた。ソーニャが気にする子供たちは「神様が守ってくださる」と養育の責任を放棄することを示唆する。他者の扱いが異なるこの二人の齟齬はどうやって折り合いをつける? ラスコーリニコフは「苦しみを引き受ける」というが、それは責任放棄では?
(ラスコーリニコフは教会に行かないので、聖書のテキストを通じて直接キリストとつながろうとする。家族や友人とのつながりを断とうとする。この思考は彼も正教会から分離した異端・カルトに属しているという推測ができる。)
・踏み越えた者を判別するものがラスコーリニコフ自身しかなさそうなのも危険だ。ラスコーリニコフは家族との縁を切ってきた。友人たちも身近から遠ざける。そうして社会から隠遁して荒野に行く。それは社会的に構成される正義や善を無視することだ。踏み越えていない大多数の凡人たちの存在や命を軽く見ることだ。彼の独断的な判別で「踏み越えた者」が選ばれ、打ちこわしの自由と権力を得ることになる。これはテロリズムやカルト集団と同じ考え方で組織結束のやりかた。(ラスコーリニコフと似たような「あれ」を行ったが踏み越えたとは思っていないスヴィドリガイロフは、踏み越えを行った様子はないがそれをよく理解しているポルフィーリィは、参画資格を持っているのか。その判別をラスコーリニコフはできるのか。)
・ラスコーリニコフが目指すのは、「打ち壊すべきものを、一思いに打ち壊す、そして苦しみをわが身に引き受ける。自由と権力だ。ふるえおののくいっさいのやからと、この蟻塚の全体を支配することだ」となる。この社会(ロシアの帝政)ではない未来であるし、「蟻塚」(たぶん「地下室の手記」が嫌悪する「水晶宮」とほとんど一緒)を壊すかその権力を奪取すること。殺人者や売春婦のうち「踏み越えた者」たちで構成されるコミュニティはどういうものか。彼の願望する社会や未来のモデルを探すと、シベリアにあった「死の家(監獄や強制収容所)」のようなものになるのではないか。あの極寒と労働が待ち受ける集団や機構が「新しいエルサレム」になるのだろうか。
こんなふうに考えると、ラスコーリニコフの計画が似ているのは、レーニンの革命家集団なのだ。特別な使命を持った選ばれたものが24時間365日を「打ち壊す」ことに自主的に参加する。家族や友人たちとの縁を切り、「踏み越えた者」達だけの集団を作る。自分の価値を見出し創作する仕事と他人の複数性を確認する活動(アーレント)を否定し、社会や全人類に貢献する労働だけが優先される。ラスコーリニコフの集団とレーニンの革命家集団の違いはイデオロギーの中心が神なのか革命なのかでしかない。
フョードル・ドストエフスキー「罪と罰」
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2025/01/10 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 中」(岩波文庫)第4部5.6 ポルフィーリィ、ラスコーリニコフを追い詰める 1866年に続く