2025/01/21 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 上」(岩波文庫)第2部6.7 マルメラードフは死に、ラスコーリニコフを生きていけると確信する 1866年の続き
第2部が終わったところで、ラスコーリニコフが抱えている外側からみた問題を列挙すると
1.金貸し婆さん殺し捜査で警察の追及
2.亡くなった九等文官マルメラードフ家の支援
3.気取屋紳士ルージンによる妹求婚と身寄りのない母の世話
となる。一文無しで定職がなく無収入のラスコーリニコフにはどれも荷が重い。彼の思想に関心を持つものと対話をしていないので、内面や思想、宗教心の問題はまだ表れていない。


1.起き上がったラスコーリニコフは母や妹の「犠牲なんか認めない」とルージンとの結婚を拒否し、母と妹に出ていけと命じる。ラズミーヒンとゾシーモフはとりなそうとしたが聞く耳をもたない。ラズミーヒンとドゥーニャは一目ぼれ。旅館までふたりを送る途中、酔っぱらっているラズミーヒンは母親をどんびきさせるほどしゃべりまくる。ゾシーモフは二人を見て、いっしょになれとラズミーヒンをせかす。
(ラズミーヒンが言うには、不合理が真理につながる、真理は生命を骨抜きにする、ぼくらは高潔な道に立っている、でもルージンはそうじゃない。惚れた理由をこんな風に説明する。ルージンの西洋に対して彼はロシアにいることを主張しているのだろう。でもユダヤ人蔑視のヘイトスピーチもしてしまう。)
(このラスコーリニコフの発言が不可解なのは、母や妹の「犠牲は認めない」のに、金貸し婆さんがたくさんの人を苦しめているから取り除いてよいと「あれ」「醜悪な計画」を実行したこと。顔が見え感情がわかる二人称の犠牲は認めず、顔も個性もみえない類としての大衆の中にいる三人称は犠牲に供してもよいというのはダブルスタンダードではないか。)
2.翌朝、ラズミーヒンは前夜に好きになった女(ドゥーニャ)に酔って醜態を見せたことをひどく恥じる。意気消沈して旅館にいったが、ふたりは来訪を待ちわびていて、すぐにラスコーリニコフの過去を根掘り葉掘りききだした。ラズミーヒンのみるところ彼は誰も愛していない、愛することがないという。母は15からラスコーリニコフは空想家で、自分で障害を踏み越えていく、あんなにいらいらするなんてどうしていいかわからないと嘆く。ルージンから手紙が届いていて、今夜会うときラスコーリニコフを同席させるなと命じた。ドゥーニャは一緒に来るべきという。ラズミーヒンのエスコートで彼らは下宿に向かう。
(ラスコーリニコフは過去に結婚することになっていたが、相手が亡くなったので破談になっていた。この母と娘は貧しい服だったが気品があるとラズミーヒンはみる。ルージンはマルメラードフ家の一件をみていて、母が送った金を一家に渡したのを密告する。)
(後半で問題になる「踏み越え」が現れるのはここが最初。若いころのラスコーリニコフが「障害を踏み越え」るというのは、肉体と精神の苦痛を引き受けるということかな。)
3.元気になった様子のラスコーリニコフが迎える。4人(ラズミーヒンとゾシーモフを含む)はラスコーリニコフが正気ではないように思っている。会話のうちに疑念が晴れる。ラスコーリニコフは金をマルメラードフ一家に渡したことを釈明。なけなしの金を他人に全部渡すように踏み越えた。母はスヴィドリガイロフの妻が死んだことを伝える。聞いたラスコーリニコフは過去の結婚話を思い出し、相手が病人だったから惹かれたもしびっこかせむしだったらもっと愛せたという(スタヴローギンの結婚を思いだしてしまう)。ラスコーリニコフはルージンとの結婚を止めるように強く主張する。しかしドゥーニャは二つの悪のうち小さい悪を選ぶといって、結婚するという。ラスコーリニコフが「嘘をついている」というのにこう反論する。
こういう結婚は、兄さんが言うように、卑劣なことじゃないわ! もし兄さんの言うことが正しくって、わたしが卑劣な決心をしたのだとしても、兄さんの言い方はあんまりじゃない? どうしてわたしにだけヒロイズムを要求するの? 兄さんにだって、たぶんないくせに。そんなの横暴よ、暴力よ! わたしがだれの身を滅ぼすって言うの、自分ひとりを滅ぼすだけじゃない …… わたしはまだ、だれも殺したことなんかないわ!(P87)
これを聞いてラスコーリニコフは気絶する。回復したらルージンの手紙をみて、みなで気どりやの法律家が書いたものだと一致する。ドゥーニャがルージンとの話にラスコーリニコフも同席させるというので、母は「嘘をつくのは大の苦手、全部ぶちまけたほうがいい」(前の章で「貧しい服を着ているが気品がある」というラズミーヒンの感想がここで生きてくる。なんという気丈さ)。
(ドゥーニャの二つの悪は、(結婚しないで)母を犠牲にするか自分を犠牲にするかということ。この小説に出てくる夫婦はどれも年の差が20年もあるようなものばかりで、女が愛情で選択できるものではなかった。独身であることはむしろ恥であり、無収入であるから結婚しないで暮らすことはできない。そして男は妻に暴力をふるっていた。あるいは無関心だった。)
(ラスコーリニコフはペテルブルク(人工的な都市、地獄)に来る前に、地元で結婚するつもりであった。縁談はなくなったが、ラスコーリニコフの婚約者への愛情は奇妙。病気持ちだから惹かれたとか、びっこやせむしだったらもっと愛せただろうなどという。そのような「虐げられ辱められた人びと」と結婚するものに、スタヴローギンやアリョーシャ(彼は婚約まで)がいる。当時多くのロシアの男性はルージンやスヴィドリガイロフのような打算と見栄のために結婚した。そのような習慣に背を向ける彼らの結婚観や異性への愛情はいまのところおれにはうまく説明できない。)
(驚くべきことに、ドゥーニャの怒りはラスコーリニコフが隠さなければならない秘密を言い当てていた。そのために、ラスコーリニコフは数日前にだれかれとなく「一人ひとりと話したい」と思っていたのが、誰とも話をすることはないに変わってしまう。)
(母と妹はラスコーリニコフの部屋を「墓地」「棺」のようだという。ラスコーリニコフは「いま母さんは実に奇妙な考えを口にしたんだよ」。ラスコーリニコフの顔色やふるまいを見て、ドゥーニャと同じように「真実」を言い当て、彼の未来を予告した。そのようにラスコーリニコフは解釈した。)
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2025/01/17 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 中」(岩波文庫)第3部4.5 ポルフィーリィ、ラスコーリニコフに心理的な罠を仕掛ける 1866年に続く