odd_hatchの読書ノート

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フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(光文社古典新訳文庫)-第1部 貴族が監獄の囚人になるまでのイニシエーション

  前回の米川正夫訳(河出書房版)から望月哲夫訳(光文社古典新訳文庫)に変えて再読。2013年に出た新訳は分りやすい。最新の研究も反映していて、参考になる(第1部終わりの芝居の原典探しなど)。


 前回の感想は以下。再読の感想を書くために久しぶりに読み直してみたが、言いたいことはだいたい書いてあった。
2020/02/10 フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(河出書房)-1 1860年
2020/02/07 フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(河出書房)-2 1860年
2020/02/06 フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(河出書房)-3 1860年

 

 第1部は貴族が殺人を犯して監獄の囚人になるまでのイニシエーション(入会儀式)。19世紀ロシアの囚人は、頭の毛を半分剃られ、足かせをはめられ、官製の囚人服を着せられる。囚人であることがすぐにわかる意匠を身に付けさせて、娑婆の人たちとは異なる存在であることを自認させ、他者と区別させられるようにするのだ。それは貴族であっても、社会的な権利を剥奪されて、人権がないことを思い知らされるのだ。
 なぜ監獄が「死の家」と囚人に呼ばれるかというと、思い通りにふるまう自由と意志を奪われているから。個性を発揮することが規則違反とされている集団にされているから。そのような強制的な共同生活はとことんまで個性や人格を侵害される。ことに語り手(および経験したドスト氏)に堪えるのは一人きりになれないことと自分が生きることに関係ない「労働」ばかりをさせられること。アーレントの議論を使えば、活動actionをする公共空間から切り離されているのだ。創造し生活に意味を与える「仕事」がなく、一人きりで思考する時間と空間がどこにもない。なので「人間らしく」暮らすことができない。「生」から疎外されている閉鎖された場所なので「死の家」なのだ(ナチス絶滅収容所を想起してはならない)。
 したがって、語り手(およびドスト氏)によると囚人は労働をさせられることには熱意を示さないが、ノルマがあると熱心になるという。もちろんノルマを終えれば定時よりはやく休息できるのもあるが、達成目標を与えられることで労働に価値や意味が与えられるというわけだ。しかしそういう指示はめったにないので、囚人は退屈で閑。それに囚人同士には友情はないし、学習や教育の機会もない。すると澱んだ空気のなかで絶え間ない不安や神経のいらだちを感じることになる。
 語り手(およびドスト氏)はロシアのあらゆる階層が、周辺諸国を含めたさまざまな民族の集まりである監獄に収容される。圧倒的に多いのはロシアの民衆。娑婆では貴族と民衆では権力勾配がありすぎ、たがいに会うことはない。しかし監獄では強制的にどの階層もいっしょに強制された共同生活を送らさせられる。もともと新入りには不審の眼を向けられるところに、貴族が入ったものだから、ほとんど相手にされない。労働でも役立たずとみなされて、なにもさせてもらえない。それが半年の暮らしの中で、次第にいてもいい存在、とやかくいたぶられることのない存在になっていく。それはイニシエーション(入会儀式)にふさわしい。同時に、語り手が娑婆で持っていた個性を失い、囚人としてのアイデンティティを獲得していくことにほかならない。
(20世紀の収容所文学からすると、ドスト氏の本書には囚人の中のヒエラルキー、ことに他の囚人をいたぶる「悪党」の存在がないという批判がある。なるほど日本の江戸の任侠小説では監獄には親分とその取り巻きのような特権集団がいて、他の囚人を徹底的にいたぶるシーンがよくでてくるものだ。第1部終わりのクリスマスではさまざまな差し入れを囚人が平等に分けるのだが、「悪党」がいる監獄ではこいつらが独占し、下の囚人を手名付けるためにおこぼれをごくわずかに配布する。こういう権力に入り込めないと、食事の配分を減らされたり、リンチにあったりする。親分子分関係になれないものはとても厳しい共同体になる。大岡昇平「俘虜記」。)
 「死の家」の記録なので、冒頭から隠々滅滅とした話ばかりが続く。なので、通常の小説では半ばでどん底に落ちるものだが、ここでは半分のところで明るくなる。すなわちクリスマスで珍しい休日になり、囚人たちも浮かれ、御馳走を食い、一年かけて貯めた金をはたいて密輸の酒を呑み、囚人芝居に歓声を送る。このときだけは、世界から切り離された囚人たちが世の中すべての人とふれあい、見棄てられ滅びた人間ではないと「人間らしさ」を取り戻すのだ。
(そこで思い出すのは、フランケル「夜と霧」のナチス強制収容所のこと。囚人たちはクリスマスや新年になると解放されると信じることで苦痛の日々を耐えていた。しかし20世紀の収容所ではロシアの監獄のような特別な日は訪れない。なので、これらのイベントの日付を過ぎると、裏切られたと思い込んで絶望した囚人は死んでしまうのだった。本書の語り手は第1部の終りで「ここに一生いるわけじゃない。ほんの何年かのことじゃないか」と自分をなぐさめ、解放の可能性を信じることができたのだが、刑期が決められていない強制収容所ではそのようななぐさめは死を早めることになる。)

 

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2025/02/10 フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(光文社古典新訳文庫)-第2部 貴族やインテリは民衆を理解しようとして挫折する 1860年に続く