将棋も囲碁もチェスも麻雀もやらないが、竹本健治のゲーム三部作と「涙香迷宮」を読んだので、将棋が登場する探偵小説のアンソロジーを読む。ときに棋譜がでてくるが、自分にとっては電車の時刻表とおなじくらいに意味を見出せない図形、記号にしかみえない。そういうゲーム界の外にいるものによる感想文。

詰将棋殺人事件(山村正夫)1971.08 ・・・ 女流棋士が対局相手が気もそぞろなのを知る。あとで聞くと成人の娘が行方不明で、しかも刺殺されたアマチュア棋士とつきあっていたからだ。娘は事件の起きた頃に、歩道橋で棋士を見かけたが見失い、誰に聞いてもそんな男はいないという。容疑者がひとりだが、強いアリバイを持っている。どうやって不可解事態とアリバイ崩しをするのか。女流棋士が夫の刑事のあとをついて推理する。古い探偵小説の変奏だなあとか発見はあるが、50年前の昭和40年代に女流棋士の存在はまず知られていないはず。あと、魅力的な女性は定職を持っていても、妻であること(家事をすること)が要求されていて、それを内面化していたのだった。ジェンダー問題がでてくるのはこの少し後になってから。
棋神の敗れた日(高木彬光)1978.05 ・・・ 昭和26年。将棋連盟に田舎の男が看板取りにやってくる。プロの卵、プロ、名人が受けるが、ことごとく敗退。話を聞いた神津恭介は駒の動きしかしらない松下研三に相手させろという。神津が説明しすぎなのが興覚め。一言言っておしまいにすればよかったのに。
悪戯(甲賀三郎)1926.04 ・・・ こと将棋では負けたくない相手に敗色濃厚になった。相手の嘲笑にカッとなった語り手は思わず相手を殺してしまう。庭の隅に埋めて事なきを得たが、将棋を指すと駒が二枚たりない。語り手の懊悩が深まる。エドガー・A・ポーの「天邪鬼」かルヴェルの「夜鳥」の一編のオマージュか。
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/20170913/1505259695
金知恵の輪(山沢晴夫)1996.09 ・・・ 骨董的価値をもつ駒をもって殺された男がいた。会話で全部説明しているから読みにくいったらありゃしない。昭和20年代の素人作のような一編。
贅沢な凶器(馬場信浩)1985.08 ・・・ 仏具商は古文書を入手したかった。そこでいけすかない高利貸しに頭を下げようとしたが、けんもほろろ。担保が欲しいと、古い将棋盤と駒を要求する。ついでに指した将棋のさなかに、カッとしてしまって・・・。ダール「おとなしい凶器」の本邦版、なのだが趣向がすぐに割れてしまう。
歩が殺された(藤沢桓夫)1979? ・・・ 大学の将棋部が資産家のパーティに呼ばれた。余興のバンド演奏や手品のあと宝石が盗まれたが、参加者からは出てこない。将棋部で探そうということになり、いちばん背の低い歩(ひよこ)が犯人が分かったと電話した後、殺された。古風な探偵小説。1979年?当時ではないような内容。でも学生たちの生態は紛れもなく当時のもの。学生仲間の間で事件が起こるという日本的なミステリーの嚆矢ではないか(ほぼ同時期に竹本健治「匣の中の失楽」1978があった)。
かげろう飛車 (泡坂妻夫)1979.02 ・・・ 酒で身を持ちくずした棋士がライバルに渡した遺書。そこに書かれた復讐心。同時に、暗号が隠されている。この短編は暗号で書かれた本に収録されたので、二重の暗号の仕掛けになっている。でも物語は小酒井不木のような古めかしい因縁譚。
詰将棋(横溝正史)1946.11 ・・・ 若い妻を持っている老境の男が弟子と詰将棋でいがみ合っている。男が出した詰将棋を考えている弟子は、がけから転落して死亡した。しかしなぜか駒を持っていた。「鬼火」の戦後版。解説によると、横溝正史が大阪薬専の学生だったとき、修身を教えていたのが、藤沢桓夫の父だそうな。
将棋道場殺人事件(斎藤栄)1982.10 ・・・ 将棋道場のオーナーが殺されていた。怪盗101号の仕業かと思われたが、被害者は俳句雑誌のページを開き、句を指していた。ダイイングメッセージかも、と警官が捜査する。
探偵小説アンソロジーではひとつくらいは傑作・佳作があるものだが、本書にはなかった。将棋または詰将棋を題材にしたものは、棋譜や駒をダイイングメッセージにするか、勝負の結果を動機にするかばかりで、同工異曲になってしまうようだ。将棋に思い入れがない読者からすると、前者は解読不能な暗号になってしまうし、後者の動機はリアルではありえないと興ざめしてしまう(将棋に限らずゲームの勝敗を根に持った殺人などまずないしね)。
そうすると竹本健治のゲーム三部作が異彩をはなつのは、ゲームのルールそのものに踏み込んだ考察があるから。事件のなぞときでしてやられた感がなくても、読者に考えさせる思考があって読み応えがあるのだ。この巻の作家たちは、将棋を疑うことがないから、ゲームを哲学することがない。そこが読書の感興を起こさない理由。
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