2025/03/18 小林泰三「クララ殺し」(創元推理文庫) その名を上げるとネタバレになりかねないという本に関するミステリー。 2016年の続き
前作「クララ殺し」を読んだら、すぐあとに本書「ドロシイ殺し」を発見。本はリンクのある別の本を呼び寄せるのですね。

不思議の国、ホフマン宇宙の次はオズの国。もちろん読者は「オズの魔法使い」1939年の映画を思い出す。それになぞった世界であるが、読者が注意しないといけないのは、作者ライマン・フランク・ボームが創作した十数巻の「オズの魔法使い」シリーズが終わった後の世界であること。第一作と映画しか知らなかったので、あとですべてのキャラがオズの国のシリーズに登場したものであることを知って驚愕。
普段は頭の切れる理系の大学院生なのに、夢の中では不思議の国の間抜けな蜥蜴のビルになってしまう青年 井森は、ある日の夢の中で、 なぜか砂漠を彷徨っていた。 干からびる寸前の彼を救ったのは、 案山子とブリキの樵とライオンを連れた、ドロシイと名乗る少女だった。 オズの国に住む彼女たちは、 不思議の国へ帰る方法を探すビルをひとまずエメラルドの都へと連れていくことにする。 だが、オズの国の支配者・オズマの誕生パーティーで盛り上がる宮殿内で殺人事件が発生し、 井森が暮らす現実世界でも相似形をなす死亡事故が起きる。 狂気の王国で起きる死の連鎖の恐るべき真相とは?
(出版社のHPの説明は貧弱だったので、文庫のサマリーを引用した。)
犯罪が起こらない国、魔法の粉で死者が復活する世界。オズの国のキャラたち(動物も機械もしゃべり人格をもつ)は事件が起きても事態を把握しない。そこでオズマ女王(女の子として生まれて男の子として育てられ王になるときに女になるという複雑なジェンダーの持主)は侍女のジンジャーに捜査を命じる。とても論理的なのに社会性をもたない(まあ忖度とか共感とかがない)のでとんちんかんになるキャラ達の捜査はまともには進捗しない。そのうえ記憶の持ち方が曖昧なので、どこまでを信用してよいのか。読者の社会性の規範が通用しない。それがもどかしい。
探偵小説としてみると、動機探しがテーマ。犯罪がない社会において残忍な殺人をしなければならない理由はない。でも「さて皆さん」の後に解明される動機は読者の物理現実で十分に納得できるものだった。実はそれが隠されたシーンで俺は気づいていたのだが、その後ページを繰っているうちにすっかり忘れてしまった。ここは俺の記憶欠乏を嘆くよりも、作者の技術に喝さいを送ることにしよう(と負け惜しみ)。
今回は前作「クララ殺し」のような、〈こちら〉と〈向こう〉の交錯はあまりなかった。〈向こう〉の事件が起きても、〈こちら〉の語り手にはほとんど影響がでなかったので。それはひとえに〈向こう〉のビルがどうでもいい存在と思われていたので。それだけ〈向こう〉の世界の探偵が優秀であったのである。でも「さて皆さん」のあとの事態収拾において、読者は慄然とすることになる。自立した存在であると思ったキャラたちがじつは「虚人たち」であったことがわかるので。それは翻ると、読者の物理現実にちかい〈こちら〉のキャラたちもまたそうであるかと思える。さらに怖いのは読者の物理現実に近い〈こちら〉のキャラよりも、〈向こう〉のキャラの方が力が強い。まるで胡蝶の夢を夢見た者のように、〈読者〉もまた誰かの夢のキャラであり、〈向こう〉の恣意でいつでも消されるはかない存在であるようなのだ。
小林泰三「大きな森の小さな密室」(創元推理文庫)→ https://amzn.to/42yXZSk
小林泰三「アリス殺し」→ https://amzn.to/4gjUiDk
小林泰三「クララ殺し」→ https://amzn.to/4gkbA31
小林泰三「ドロシイ殺し」→ https://amzn.to/42zgeqG