21世紀に「本格ミステリ作家クラブ」が組織され、講談社文庫でいくつかのアンソロジーが編まれた。そのうちの一冊。自分の趣味にはどんぴしゃなので、でている分を追いかけてみよう。これは2007年にでたもの。初出一覧をみると、各短編が書かれたのは2002年(なのでミレミアムが変わったことを題材にしたものがある)。

〈小説〉
北村薫「凱旋」 ・・・ 戦争(WW2)で死んだ叔父の句を繰り返し読んできたが、ある年の法事で別の人がこの句の思い出を語り、意味を取り違えているのがわかった。
大山誠一郎「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」 ・・・ H・M卿は目張りされた密室と〈青ひげ(妻を次々殺害する猟奇犯)〉の事件を解決したが、フェル博士はしていない。ということで日本の作家がパスティーシュを書いた。老婦人が若い好青年と結婚することになったが、その男は妻の殺害で指名手配(別の国なのでハドリー警視他には逮捕権がない)されている男。そろそろ挙式という時期、彼女は目張りされた部屋でガス中毒で死んでいた。奇妙なのは彼女のペットでとても口の悪いペイシェンスというオウムが一緒に死んでいたこと。で、タイトル。捜査が進むと他殺であることがわかり、みなが首をひねる。カーのパスティーシュには二階堂黎人「赤死荘の殺人@名探偵の肖像」(講談社文庫)があるが、文体は二階堂作に軍配。謎と種明かしは、うーん、僅差で大山作。
芦辺拓 「曇斎先生事件帳 木乃伊とウニコール」 ・・・ 蘭学がはやっていたというから1820-30年代か。大阪の商家は西洋の文物が集められた洋風の部屋をもっているが、そこに田舎の藩の買付役が来ていた。銃声がすると買付役はウニコール(ユニコーン)の角にさされて絶命している。近くの長持には銃で撃たれた木乃伊が入っていた。銃声と共に店の者が部屋に来たので出入りはできない。だれがどうやって。都筑道夫センセーの二つの捕り物帳(なめくじ長屋と新顎十郎)に範をとったというが、うーん、センセーは偉大でした。
(追記)前田勉「江戸の読書会」平凡社ライブラリーによると、蘭学は18世紀後半から始まってました。平戸を通じて輸入されたオランダ語の洋書を集団で読むようになりました。
柳広司「百万のマルコ」 ・・・ ある牢屋にマルコと名乗る男が入ってきた。彼はジパングにいって膨大な金を持ち帰ったという。しかしジパングには他国のものに金を渡してはならない、他国との商売で金をはらってはならないという掟があった。他国人であるマルコはどうやってジパングの金を持ち出せたのか。アシモフ「黒後家蜘蛛の会」「私はロボット」、カルヴィーノ「見えない都市」とチェスタトン「詩人と狂人たち」「ポンド氏の逆説」を合体したような離れ業。
貫井徳郎「目撃者は誰?」 ・・・ 社宅に住んでいる独身男に「不倫現場をみたぞ」という脅迫状が届いた。二通目では現金を要求してきた。きっとエスカレートするだろうということで、目撃者を探す。容疑者は4人ほど。という話に、同じ社宅になぜか2万円の旅行券が送り付けられ、その意味が分からない。相談を受けた刑事は聞き込みをやってみる。複数の物語が同時進行、というのはわかったが、最後のおちには唖然。乱歩が奇妙な動機に加えそう。
西澤保彦「腕貫探偵」 ・・・ 知り合いのプー太郎(死語)が死んでいるのが発見された。警察を呼ぶと死体がない。アパートに戻っているのではないか、という示唆を受けて調べるとその通りだった。発見者だった大学生は市民一般苦情係で相談すると、歯科医の診察券を探せと言って消えてしまう。「移動する死体」も類別トリック集成ができてよさそうだが、個々の作品のトリックの記憶がないや。都筑道夫センセーが好きなので、いくつも書いているのだが。
乙一「GOTH リストカット事件」 ・・・ ある町で起きた手首切り取り事件。それに興味を惹かれる高校生がいる。彼はその犯人を見つけることができる。それは犯人と同じ衝動をもっているから。というわけで、ダークファンタジー版「ボーイ・ミーツ・ガール」ストーリーが始まる。乱歩-不木の「指」から50年もたつと、新しい意味付がでてくるのだねえ。タイトルのダブルミーニング。
有栖川有栖「比類のない神々しいような瞬間」 ・・・ 新進気鋭の社会評論家が殺された。被害者は「1011」というメッセージを残していた。その事件の重要容疑者が殺された。被害者は新品の千円札を握りしめていた。探偵の側と犯人の側の章が交互に現れる。なので犯人当てのできない倒叙推理ものになる。でも如何に犯人はへまをしたかを推理することができ、それは二つのダイイングメッセージを解くことで明らかになる。記述の方法に新味があるが、文体とキャラが軽薄なので、俺には合わないなあ。
鯨統一郎「ミステリアス学園」 ・・・ 同タイトルの連作短編第6作目とのこと。この学園のミステリー研究会、通称ミスミス研ですでに5人の死者がでている。いずれも事故や自殺と処理されているが、語り手「僕」は殺人ではないかと深い疑惑にとらわれている。と同時に、運命論・宿命論が正しいと思える(うんうん、中二病の罹患症状だ)。それを部長に言うと、彼は別の疑惑、すなわち自分は活字の中にしかいない存在ではないか、神とは別のものに運命を決められているのではないかと言い出す。その部長は自室で焼死し、「僕」を名指すメッセージを残していた。筒井康隆「虚人たち」のキャラが探偵小説をやっているという趣向。ここまで手の内を明かしてひっくり返すのは難しそうだが、さて次の作でどう切り抜けたのか。
霞流一「首切り監督」 ・・・ ある映画撮影中に監督とプロデューサーが別々の場所で殺された。奇妙なことに首が切断されて、交換されていた(監督が撮影中の映画で俳優を降板させたのもタイトルに絡めている)。こんな面倒くさいことをその動機でやるかよ、というのが読後感。殺し方に凝りすぎて、動機と合理性はおろそかになった。
青井夏海「別れてください」 ・・・ 助産師が行った家は奇妙。臨月の近づいた妻はすぐに離婚したい、おなかの子は主人の子ではないといい、夫はそれを知っているが別れるつもりはないといいながら複数の愛人から離婚しろと言われている。この状況はいったいなんなんだ。野暮天の俺には男女関係の機敏はよくわかりませんでした。本アンソロジー唯一の女性が書いたもの。
〈評論〉
千街晶之「論理の悪夢を視る者たち〈日本篇〉」 ・・・ 日本エンタメにおける変格探偵小説、幻想ミステリーの系譜。SF、伝奇小説などに分類されていた作品もこの系譜に入るという妙。
笠井潔「本格ミステリに地殻変動は起きているか?」 ・・・ 2002年にみた21世紀の日本の探偵小説の見取り図。新たなジャンルとして「脱格」が出てきた、んだそうだ。当時20代の作家は、ミステリ研などでミステリの歴史や文学全般を勉強してきたのではなく、ゲームやアニメなどの影響を受けて探偵小説の形式を使っているのだ(なので脱歴史なのだろう)という。
自分の好みが集まっているので楽しめた。それでも、これだけのアンソロジーでも玉石混交になるのはしかたがない。満足いったのは数編だけ。
不満をいえば、ジェンダー観が古めかしい(逆にいうと2020年代にはあたりまえの平等・公正観がたった20年前にはなかったことがわかる)。多くの書き手が執筆時40代だったので、昭和の常識や暗黙の理念を持っていたということだ。その古さは、アンソロジーに載った女性作家が一人しかいいないことにも明らか。この世代が表舞台から消えないと、探偵小説のジェンダー観は古いままなのかもしれない。いや読者が消えるのとどちらが早いか。
もうひとつの不満は作者の力作ばかりというのがわかっていても、同じ水準の短編を量産していた都筑道夫は偉大だったなあという感慨になる。いくつかの作品は、センセーだったらもっとスマートに短く書いただろう。
評論も低調。登場する書誌がこれから読む本のリストアップに使えるかも、という程度。
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