odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」(創元推理文庫) 昭和40年代以降の地方の大規模開発でできた施設で起きた不可思議犯罪の数々。

 博物学の写真家・亜愛一郎の探偵譚シリーズ第1巻。解説によると、冒頭の「DL2号機事件」は雑誌「幻影城」の新人賞に応募して佳作になった作。その後オファーがあってこの短編集に収録された短編を発表し、プロデビューした。ただ家業の職人を止めなかった。
 島田荘司の「占星術殺人事件」が出たのが、この国の「新本格」の嚆矢とされるが、その直前に竹本健治や本書の著者などの論理重視の作品を書く人が現れていた。

雲や虫など奇妙な写真を専門に撮影する青年カメラマン亜愛一郎は、長身で端麗な顔立ちにもかかわらず、運動神経はまるでなく、グズでドジなブラウン神父型のキャラクターである。ところがいったん事件に遭遇すると、独特の論理を展開して並外れた推理力を発揮する。作家・泡坂妻夫のデビュー作「DL2号機事件」など全8話を収録した。解説=権田萬治
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488402143

DL2号機事件 ・・・ 地方空港に向かう旅客機に爆弾を仕掛けたという電話がかかった。無事着陸した後、乗客の一人が警察署長に会わせろとわめく。その男は去年大地震が起きた後の空き地に家を買い、自動車事故を起こした男を運転手に雇っていた。その運転手が血まみれで家から転げ出る。それを見た亜は中に入るなという……。亜愛一郎は日本のガブリエル・ゲイル(@詩人と狂人たち)でした。

右腕山上空 ・・・ これからのし上ろうと野心的なメーカー社長が熱気球(本書では熱風船)の冒険旅行を企画する。登場させるのは専属タレント。彼は最近漫才コンビを解消したばかりで、小心者。でも今回は自信満々に乗る。発車後、しばらく経つと急に上昇したかと思うと、地上のカメラから自殺した姿が見えた。不時着させた風船の登場部から射殺死体がでてくる。目撃したカメラマンは他殺だという。だとしたらどうやって天空の密室から犯人が脱出したのか……。設定は面白いが、昭和だから成り立つトリックです。

曲った部屋 ・・・ 沼を埋め立てて造った新興団地。計画を推進した議員が死んでしまったので不便なまま取り残されている。議員のダメ息子は最近団地に越してきて、遺産を取ろうと画策中らしい。最近は地盤沈下が起きて斜めに傾きだした。夏のある日、殺人事件が起きた。亜は一か月前の訪問時の記憶と、現場のステレオがスペーサーがあるのに傾いでいることから犯人を推理する……。21世紀に水害被害を受けている新興団地ができたばかりのころに起きた事件。安普請で手抜き設計なのがトリックになった。

掌上の黄金仮面 ・・・ 銀行強盗が逃げ込んだホテルの向かいにある巨大な仏像の手のひらから、黄金仮面(というフランスのキャラがあるという)をつけた男がニセ札をまいていた。直後に黄金仮面は射殺された。銀行強盗の部屋には絞殺死体があり、発射すみの拳銃が見つかった。拳銃はまっすぐ弾が飛ばないほど手入れが悪い。では誰が銃弾を発射したのか……。

G線上の鼬 ・・・ タクシー強盗が多発している昨今。タクシー稼働中に逃げ込んできたタクシー運転手がいた。タクシー強盗にあったという。現場に行くと雪のなかに車が残され、中で強盗が殺されている。足跡はひとつしかない。車から逃げ出した運転手が犯人に違いない。しかし亜はいたちの足跡を探しだす……。これは見事。なぜ強盗の目撃証言が異なるのか。なぜタクシーは何の特長もない路地に入ったのか。なぜ逃げ出した運転手はいたちのようなと比喩を使うのか。なぜ現場から出ていく足跡はひとつだけだったのか。みごとに説明しました。「人はでたらめに物を選ぶことは不得意なものです」の金言が耳に痛い。奇術でも観客は偶然に選ぶのではなく、奇術者の思うように選ばされるのです。

掘出された童話 ・・・ 偏屈な老人が自費出版で童話を出版した。なぜか誤字をもとにもどせという。その老人は二回結婚していた。最初の妻と同じ名の編集者が取材にいき、古い寺から骨やなたを見つけ出した。これらの情報から何が起きたかを推理せよ……。とってもむずかしい暗号小説。こんなのを考え出すのは乱歩と竹本健治と作者くらい。脱帽。

ホロボの神 ・・・ 南洋の戦没者遺骨収集団に参加した男が、戦時中の話をする。日本兵が先住民を手なずけて交易をするようになる。しばらくして先住民の首長の妻が死んだ。その数日後、首長はピストルで頭を打ちぬいていた。亜は死者の穢れ意識を強く持つ先住民が死体と寝食をともにするのはおかしいといい、詳しい話を聞く……。こういうフィクションでも、日本兵の堕落、ふしだらが描かれる。そういう軍隊だった。

黒い霧 ・・・ 早朝、市電が走り出すころ、商店街にカーボンの粉が撒かれた。掃除機では粒子が通り抜けてしまうので吸えない。水で流すしかない。これで二回目の被害なので、町の人たちはかんかん。無声コメディ映画のようなパイ投げ合戦をする。落ち着いたときに、なぜこんなことをしたのかと亜が口を開く……。プラクティカルジョークを使った楽しい一編。

 

 探偵小説の技法は見事。その点はこの感想では書かない。上記のように亜はガブリエル・ゲイルの孫くらいの探偵でした。
 さて、事件が起こるのは、新興団地、新幹線、新造ホテル、巨大仏像、地方空港、造成中の神社の敷地、田舎の小さな商店街。昭和40年代から各地で起きた現象だ。これらによって農地や山林が団地や工場に変わった。古い家や神社が失われた。巨大観光施設を作った。大規模開発が各地で行われた。短編集がでた1978年には珍しくもないできごとだった。そこを犯罪の場所とみた作者は慧眼。
 それから半世紀。これらの建築物や集合地は過疎化したり、廃墟になったり。メンテナンスの必要なインフラは予算と人員の不足によって損傷している。自然災害で大きな被害を受けている。当時の能天気さが21世紀に大きな禍根を残してしまった。この短編集に出てくるキャラはみな陽気だが、たった半世紀でお荷物になるとは思ってもみなかっただろう。それがなんとも心寒い。

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2025/04/04 泡坂妻夫「亜愛一郎の転倒」(創元推理文庫) 不可能犯罪の謎が解明されただけでは小説は完結しない。 1982年
2025/04/03 泡坂妻夫「亜愛一郎の逃亡」(創元推理文庫) 解決編には感心したのだが、読後の印象はそれほどよくない。 1984