ほぼ二年ぶりの再読。前回の感想は以下。
2023/03/13 中川右介「戦争交響楽」(朝日新書) 2016年

今回の再読では以下のナチス関連の本の参考として、音楽家たちのことを考えた。
大澤武男「ユダヤ人とドイツ」(講談社現代新書)
石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)
小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店)
芝健介「ホロコースト」(中公新書)
望田幸男「ナチス追求」(講談社現代新書)
武井彩佳「歴史修正主義」(中公新書)
これらを読んでわかるのは、1933年のナチ政権ができてから、ユダヤ人他のマイノリティはドイツ国内ではひどい差別と抑圧を受けていたのだった。職場から追い出され、重税を課され、資産を奪われる。出国するにはほんのわずかな現金しか所有することを許されない。そのために出国したくてもできない。出国先に身元保証をする人と、就職先があることが出国を決意できる理由になる。でも多くのドイツのユダヤ人はそんな人を持っていなかった。そのうえ周辺諸国は世界不況に巻き込まれて失業率が上がっていたので、移民難民を嫌った。ドイツの周辺国家でも反ユダヤ主義が蔓延して、ナチスを名乗る極右政党が街頭行動をしてもいた。なので出国しても難民申請を拒否され強制送還されることがあった。出国が困難で、いずれナチスも消えるだろうという正常性バイアスも働いて、多くのユダヤ人はドイツ国内にとどまった。そしれWW2のポーランド侵攻以降の「最終計画」の被害者になってしまう。
この状況はほとんど知らなかった。上記の本を読んで、あまりのひどさに絶句した。(いや、同じ国内の民族差別とジェノサイドは今でも行われているのだ。ただ日本のマスコミが報道しないし、俺を含めた日本人が無関心)。自分が1933~1945年のドイツにユダヤ人として住んでいたと想像するとき、俺は背筋が寒くなるどころではない恐怖を感じる。おそらく生き延びられそうにない。
さてこのような状況を踏まえて本書を再読するとき、登場する音楽家・作曲家は恵まれた人たちだった。貧困なほうに入りそうなシェーンベルクでさえ、トルコとアメリカの大学から就職のあっせんがあった。ちゃんと出国できて移民難民を受け入れるアメリカに行くことができた。記録が残るくらいに優遇された人だったのだ。
かつては全体主義国家でも自分は生き延びられるのではないかと根拠のない安心を感じていたが、今回の再読ではそんな正常性バイアスが吹っ飛んだ。ゴシック文字で記される政治情勢がマイノリティを弾圧するごとに、胸が苦しくなった。俺はあの国で、フルトヴェングラーやワルターの演奏を楽しんで聞くことはできないだろうと何度もため息をついた。
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