odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-3 ホロコーストはヒトラーとナチ・ドイツの手段ではなく、目的そのもの。

2025/05/26 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-1 国民的な支持があってナチスは政権奪取後1年半で人種差別と人権制限の法を整備した。 2015年
2025/05/23 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-2 見かけだけの雇用促進と外交上の成果にドイツ国民は熱狂した。 2015年の続き

 

 レイシズムナチスヒトラーの本質であるのは21世紀のナチス研究の前提になっている。ホロコーストナチスの手段ではなく目的であり、別の野望の達成の過程で出てきた政策ではなくそれこそがやりたいことだった。
大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書) 1995年

第六章 レイシズムユダヤ人迫害(承前) ・・・ WW1によって200万人の青年男子が死亡。女性の社会進出がひろがり(戦時体制ではどの国もそうなる)、出生率が低下していた。ロシアのポグロムと革命によって東欧ユダヤ人(西欧ユダヤ人は同化がすすんでいたが、東欧系は厳格主義が多い)が移住・亡命していた。世界大不況でドイツの失業者は600万人に及んでいた。こうして「ドイツ人」がなくなるのではないかという危惧と異邦人の排外主義が蔓延していた。ナチ政権が誕生したのはこういうとき。失業対策は前の章を参照。ナチの政策は国民に平等な福祉を行うことだったが、それはユダヤ人などのマイノリティを排除していて、かつかれらの資産を奪って配分するものだった。政権誕生後、反ユダヤ立法がいくつも施行され、公職追放と移民禁止となった。ユダヤ人が他国に移住しようとすると、持ち出せる財産はごくわずでほとんどの資産は没収され、旅券は発行されない。周辺諸国は移民や亡命を拒否した。在独ユダヤ人は逃れられず、強制収容所送りになった。ドイツの周辺諸国ブロック経済化したが、いっしょに国境も狭くした。ドイツからの亡命者・難民を周辺諸国は行け入れず強制帰国させた。どの国にも必要ない人とみなされた難民・亡命者をナチは殺害した。周辺諸国は文句をいえなかった(という説明がハンナ・アーレントにある)。
中川右介「戦争交響楽」(朝日新書) を読むと、著名な音楽家がドイツを逃れた。それは世界的に有名な指揮者や演奏家の場合。周辺諸国は彼らを歓迎して仕事を提供した。彼らのようなスターではない人たち(シェーンベルクバルトークなど)は失業の恐怖があって、簡単には国外に出られなかった。それでも無名人とは環境が異なっていた。彼らを基準に全体主義国家からの亡命や移住を考えると誤る。)
1933年の焚書は野外のイベントで注目されるが、同時にユダヤ人学者が公職から追放された(物理学ではアーリア人科学なるものが推進されたために、世界から取り残され産業界も苦情を呈した)。
小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?」(岩波書店
アラン・バイエルヘン「ヒトラー政権と科学者たち」(岩波現代選書)
ドイツ国民は、少数者の弾圧、人権侵害、自由の制限を見過ごした。それはヒトラーの外交的成功に喝さいを送り、ユダ人迫害によって利益を受けたため。
(最後は大日本帝国と同じ。満州事変への他国介入に怒り、国際連盟脱退に喝さいを送り、大陸での戦争勝利に酔いしれ、戦争継続を主張した。同時に進行していた朝鮮人や中国人の虐殺や虐待に目をつむり、国内の少数者が迫害されるのを見過ごしていた。戦後、そのような行動をとっていたことをすっかり忘れる。)
第七章 ホロコーストと絶滅戦争 ・・・ 被害が大きかったのはポーランドソ連(併せて400万人)、ドイツ国内でも十数万人。合計600万人と推計される。被害にあったのはユダヤ人だけではなく、心身障碍者と不治の病(あわせて50万人以上)、ロマ、同性医者、エホバの証人(この宗派は良心的徴兵拒否)など。政権奪取後、ナチは断種法・安楽死法などを作って、まず国内のマイノリティの隔離・殺害・断種を行う。その技術と人材はのちのユダヤ絶滅収容所の設計と運用に生かされた。
 1939年のポーランド開戦から独ソ戦開始によって、ユダヤ人の絶滅計画が進行する。ナチとヒトラーにとってソ連戦はユダヤ民族への人種戦争(党はボルシェヴィズム=ユダヤ人という妄想とプロパガンダを行っていた)だった。当初は東欧ユダヤ人を大量移住させる計画だったが、対英戦に負け、アメリカに宣戦布告したことで国内と占領地内での解決をすることになる。それがホロコースト。詳細は以下のリンクを参照。
芝健介「ホロコースト」(中公新書
 ユダヤ人の絶滅はヒトラーが死ぬまで一貫して持ち続けた。この男はユダヤ人終了との戦争を行うことがドイツのためであると思い込んでいた。

 ヒトラーのパーソナリティーの情報。怠惰で自堕落。閣議を好まず、文書や口頭で命令した(それも少人数を前にしてだけ)。絶滅計画は内容に問題があると自覚していたのか、口頭で行われた。いまでもネトウヨや歴史捏造論者はヒトラーの命令はないとデマを言っている。本書はネトウヨのデマをつぶすのにとても良い参考書。
 
 ナチスは「賛同に基づく独裁」だった。日本の軍国主義も「賛同に基づく独裁」(ときに国民の熱狂が先行して人気取りのために軍隊が無謀な作戦をすることもあった)。賛同は意志の表示だけではない。沈黙すること、見て見ぬふりをすることも賛同になる。全体主義運動を否定しないという同意になるから。政治に無関心、どっちもどっちのメタ議論、政治の話は迷惑などは全体主義を伸長させる力になってしまう。

 

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