odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-2 見かけだけの雇用促進と外交上の成果にドイツ国民は熱狂した。

2025/05/26 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-1 国民的な支持があってナチスは政権奪取後1年半で人種差別と人権制限の法を整備した。 2015年の続き

 

 ナチスが全権を掌握しヒトラーが総統(党ができたころから名乗っていた)になってから。戦後のドイツ人が「うまくいっていた時代」と思っていたころ。なぜ地獄が天国のように見えたのか。


第五章 ナチ体制下の内政と外交 ・・・ 1933.1.30首相就任から1939.4のポーランド侵攻開始まで。なぜ「うまくいっていた時代」と思われたかに対しては、雇用安定と国民統合にあるとされる。雇用安定に関しては若年層を労働ボランティアに参加させ統計上の失業者に数えないようにし、女性の就業を減らし結婚奨励をして家庭に入らせ、ユダヤ人の就業を禁止しドイツ人に入れ替えたため。統計上の成果だった。
国民車を一家に一台政策は達成されず、アウトバーンは20世紀初めからのプロジェクトで戦争開始とともに中止。雇用への影響は少なく、完成した部分は使われなかった。源泉徴収ナチスの発明ではなく、ワイマール時代に導入されていた。ナチスの成果をされることは宣伝相のプロパガンダ。詳細は以下を参照。
小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店
科学技術や芸術団体を統制して服従させた。補助金を削減し人事に口を出し暴力と恫喝で委縮させて、組織を服従させた。詳細は以下を参照。
2023/03/13 中川右介「戦争交響楽」(朝日新書) 2016年
 ナチスは反ヴェルサイユで領土の回復と拡張を「平和主義」に見せかけて行った。オーストリアのナチ党を使って首相を暗殺し、圧力を強め併合する。ヴェルサイユ条約で緩衝地帯にされたザール地方やラインラントで国民投票でドイツ領にもどす。これらの成果で「強いドイツを取り戻す」ことができたとドイツ国民は熱狂し支持した。ドイツの領土拡張政策は国際的反発を生むが、周辺の強国は一致しなかった。英国はドイツを容認し(英独軍事協定を1935に締結)、フランスはドイツの包囲網を作ろうとするがうまくいかず、イタリアは犯独であったがのちに親独に転換、ソ連は反独だがヨーロッパとは協調しない。アメリカは不介入。ナチスは不安と混乱を作り出して、周辺の協調関係を壊して分断していった。
2021/03/05 林健太郎「両大戦間の世界」(講談社学術文庫)-1 1976年
2021/03/04 林健太郎「両大戦間の世界」(講談社学術文庫)-2 1976年
 ヒトラーのやり方は、国会を開かないし閣議を開かない。法律が迅速に制定されるが、個別の打ち合わせをする閣僚の間で意思疎通が起こる。しかしヒトラーは二重行政にしていたので気にしなかった。むしろ彼らがヒトラーの意図を忖度することで権威と権力を強めた。党員が増加し、官僚の多くが党員になったので、彼らを通じた政治指導ができた。党の周りには多くの関連組織ができ、ドイツ人はどこかに所属していたので、生活がナチ政治化した(すなわち労働時間外でも党の活動に参加していた。個人が自由に使える時間がほとんどない)。
 ナチスはフォルクスゲマインシャフト(民族共同体、国民共同体)を作るのだとした。そのさいに、「悪夢のワイマール共和国(超訳)」を引き合いに出した。領土を取られた、多額の賠償金でハイパーインフレになった、ユダヤ人や共産党員の陰謀のせいだ、などのプロパガンダを展開した。
(このやり方はこの国の21世紀の10年代以降に自民党安倍晋三日本維新の会が行ってきたことに一致する。自民党麻生太郎は「ナチスに学べ」といったが、これらの政党はまさにナチス通りにやっている。)

第六章 レイシズムユダヤ人迫害 ・・・  ヒトラーナチスレイシズムを持ったのは彼の個人的な経歴や少数のカルトに由来するのではない。19世紀からのさまざまな思想潮流や社会情勢がレイシズムを生み出し、人々が共有し共感しているためだった。ドイツに限らずヨーロッパ(およびその影響圏内)ではどこでもレイシズム運動が見られた。それこそイギリスにもアメリカにもフランスにもナチを名乗る政治団体があった。ユダヤ人以外への人種差別をする団体と運動があった。本書によると、ドイツでは1873~1890年が不況で(そうなのか普仏戦争に勝利したのに)、その間に反ユダヤ主義が浸透した。ユダヤ人が解放されて実業(金融、製造など)で成功していたのもやっかみの対象になった。
平野千果子「人種主義の歴史」(岩波新書
大澤武男「ユダヤ人とドイツ」(講談社現代新書
 19世紀末の青年にナショナリズム反ユダヤ主義の運動が起きていたのは、以下が参考になる。
 上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)

 

 不況による収入減・失業の恐怖と流入する外国人。政府による自国礼賛と他国蔑視のプロパガンダ。隣国の伸長と自国の衰退。与党の議会軽視と特例による政策決定。こうした事情が長年続くと、人種主義(レイシズム)が社会に蔓延していく。マイノリティの権利を軽視し、むしろマイノリティを敵にして自国が侵略されている・乗っ取られているという妄想が事実のように思われてくる。そこが20世紀初頭からのドイツ・ソ連・日本で起きた。
 少数者の人権や財産を剥奪する政策は快感であり、他国を外交や戦争で圧倒することに喝さいを送った。ときに実利になった。なので、人々は全体主義国家を支持し続けた。
 少数者が抵抗したが、ニーメラーの警句のような事態になっていた。

ナチス共産主義者を連れさった[5]とき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。/彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。/彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。/彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。」

 

石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)→ https://amzn.to/4jb4Syk

 

2025/05/22 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-3 ホロコーストはヒトラーとナチ・ドイツの手段ではなく、目的そのもの。 2015年に続く