odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

カール・ポラニー「ダホメ王国と奴隷貿易——古式経済の分析」(Kindle版) 市場と貨幣がないダホメの贈与経済は生贄と奴隷販売で成り立つ。資本主義はダメ、それはいいがダホメは未来のモデルにしてよいか。

 懐かしいニュー・アカの時代(1980年代)に、栗本慎一郎が力を籠めて紹介していた(俺が読んだのはたしか別冊宝島現代思想のキーワード」)。本書の「視点」にあるように、市場システムに基づく資本主義は種々の限界に達しているので、別の経済システムに移行しようではないかという主張だった。柄谷行人が「世界共和国へ(岩波新書)」その他で言っているように、人類はこの2万年(適当)の間に、互助-贈与、収奪-再分配、市場-資本主義の三つしか作ってこなかった。それ以外のシステムはない(19-20世紀の「社会主義」は収奪-再分配の変形)。ということは贈与経済を再評価しようではないか。そういう議論だったと思う。
 そういう議論に栗本が持ち出したのが、カール・ポラニー(当時は「ポランニー」表記)の「経済と文明」1966年だった。栗本自身の翻訳だったが、誤訳が多いということで山形浩生が翻訳した。ネットで見つかるが、今回は解説が充実しているKINDKE版で読んだ。この解説がとても充実していて、俺が特に付け加えることはない。でも読んだ記憶を残すためにメモを取る。


 贈与の社会として取り上げるのは、15~19世紀ころまでアフリカ中央にあったダホメ王国。この王国の社会システムは上記のように長続きした。奇妙なのは、ここには市場と貨幣がない。しかし、リソースは国民(西洋の国民国家の成員ではない。政治参加の権利はない)に行き渡った。なんとまあ。というのが栗本やニュー・アカの議論。
 そこで新訳で読むと、この王国はとても変。

・社会の支配者は王様とその一族。国民は氏族によって統合していて、拡大家族の形態をとっていた。王様たちは国民の数を数え、各人に年一回の祭儀にあわせてリソースを配る。国民は王様が決めた税を物納などしなければならない。

・王国のなかには市場がない。王様が各人に作業の割り当てをしてその通りに従わなければならない。当然共同体には問題が生じるので、今度は役務や税金が割り当てられ、その通りにしないといけない。商品はないので、物々交換で手に入れることになる。供給は国が管理しているので、たいてい不足している。西洋の近代が手に入れた自由や権利はない。成人男性の2割は徴兵されて、戦争に駆り出される。捕虜を集めて生贄や奴隷にした。

ダホメ王国が西洋の眼にとまったのは、王国が奴隷を売買していたから。ダホメの周辺には強い権力がないので、王国は周辺に戦争を仕掛けては捕虜を連れ帰った。一部は王国の宗教祭儀の生贄になり、一部は王様たちが所有し、一部を売った。ダホメの奴隷は主には東インド諸島(インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピンなど)に送られた。17世紀になって西洋列強(英仏、オランダ、ポルトガル)が参画し、王国から得た黒人奴隷をアメリカ大陸に送った。このとき王国はしたたかな交渉をしたので、西洋の奴隷売買会社はてこずったという(でも大陸に送ると大儲け)。黒人奴隷売買は、西洋人がジャングルに分け入って好き勝手に捕まえてきたというイメージがあるけど、間違いなんだ。もともとあった黒人奴隷売買システムに後から入ったということなのだ(というわけで、15~16世紀の西洋や日本に黒人が来ていたことが明らかになる)。

・黒人奴隷の売買によって、王様たちは西洋人から銃を手に入れた。奴隷を必要とする社会なので、周辺とは常に戦争状態であり、勝ち続けなければならないので。こうした交易は西洋人以外とも行っていたが、外国財は国民には絶対に配布しなかった。王様たちが独占した。

・王様によるリソース配分も奇妙。年に一回、国民が集まる祭儀を行う。まず生贄(戦争捕虜)を捧げたのちに、宴会になって王様の気ままによって国民から集めたリソースを配っていく。

 ポラニーはこういう全体を描くことはないので、読者はこうやってまとめを作らないといけない。それに著者の関心は、金属通貨ではなくタカラガイを通貨にしていることに関心をむけている。そこの記述はとても長い。俺からすると、タカラガイの通貨はアフリカからインドあたりまでの広範囲で使われていた。でも交換レートは各地の王様が決める固定相場になっていて経済活動にはあまり使われなかったのと、よそから大量のタカラガイを持ち込んで通貨の価値を落としたので19世紀初頭に廃れたということだけが記憶に残る。
 それはさておきダホメ王国の互酬と贈与の経済は目指すべき姿なのか。どうもそうはいえない。永遠の戦争状態にあるのはオーウェル1984年」のよう。王様とその取り巻きを除けば、自由と権利はほぼない。どころかさまざまなところからあれしろこれしろと命令されて、こなさないといけない(まあ強制労働だね)。訳者解説によると、王様の収奪-再分配の仕組みは共産主義時代のキューバ経済そっくりとのこと。不合理と無駄ばかりのシステムに国民は翻弄されるのだ。特に重要なのはダホメの経済(すなわちキューバの経済)はつねにリソースが不足していること。ダホメは食糧生産に不向きな土地で余剰作物はほとんどない。国内に工芸はあっても工業はないので、技術革新はない。「だから」ダホメ王国は贈与と収奪-再分配のシステムが継続したのだという。そのうえ、ダホメでは格差が厳然としてあり、解消する運動はなかった。
 アーシュラ・ル・グィン「所有せざる人々」(早川書房)やロバート・ハインライン月は無慈悲な夜の女王」(ハヤカワ文庫)を検討したときにもそうだったが、共産主義やアナルコ・キャピタリズムのような現在の資本主義に代わる経済システムは不足した経済社会でないと成り立たないのではないかと思った。それを傍証するような事例がここでまたひとつみつかった。

 訳者の評価はこういうもの。納得です。

「書き方は下手クソで、おんなじ事何回も言っててアレだ。もう少し長生きしていればきちんと手直しできたのかも、でもなかなかおもしろいし、しょせんこの仕組みが一過性ではあったことは、ポランニーも認識しているんだね。現代世界でこんな仕組みが成り立たないのは、彼も知っている。その一方で彼は市場経済がそんなに好きではないのも伝わってきて、そこらへんのアンビバレントな感じは非常に楽しいし、いろんな意味で現代的。」

cruel.hatenablog.com

 ポランニーらが思うような資本主義の矛盾と行き詰まりを解消するモデルにダホメ王国はならないとおもう。ニュー・アカのような読み方はもう無理。でも、黒人奴隷売買のしくみは目からうろこのような発見があった。もう半世紀前の本なので、黒人奴隷制の研究はアップデートされていると思う。まあ基本文献の一つとして読んでみてはいかが。

 

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