キリスト教は、神と断絶したので律法を遵守することで神につながろうとするユダヤ教の分派として誕生。イエスの運動はいろいろな要素があったが、その中から神の国に至る方法を神がいない領域で説いて信者を増やし、教会の権威と権力に服従させようという「ビジネス」なのだ、と著者はいう。キリスト教は神の国に入るために「なすべきこと」があるといい募っているが、神と人間が断絶しているのを前提にしているので、「なすべきこと」はないのだ。でもそれをいうのは、弾圧されている事態で宗教集団が生き延びるための方策だったし、古代ギリシャ以来の指導者と服従する者の二重構造を残すものだった。(聖書は矛盾したことが書いてあるので、統一した理解ができないように予め作られている。なので解釈する権威を教会と指導者がもったので、信者は服従しなければならない。教会の権威を認めないものが離脱したりするが、代わりに自分を権威化したので、二重構造は温存された。)

ローマ帝国がキリスト教を国教にしたのも、キリスト教の二重構造がローマ帝国の支配構造と合致していて、より強化するためだった(聖職者の権威を貴族より上にしたので、ユダヤ人などの被支配者の優秀な若者を統治機構に組み入れて、反抗や反乱の機会を減らすことができた)。キリスト教の教会制度は信者に教育機会を与え、相互扶助のしくみを組織化した。
一方、パレスチナを支配することが多かったペルシャでは、皇帝と臣民の二重構造はあったが、支配民の自由と平等を守ったので、キリスト教の二重構造を受け入れることはなかった(なのでローマ帝国による国教化でキリスト教はオリエントに布教する可能性がなくなった)。
ここまでの流れ(ユダヤ教の成立からローマ帝国での国教化まで)は別の本の方が詳しい。より神学に寄り添った議論もある。以下を参照。
加藤隆「一神教の誕生」(講談社現代新書)
加藤隆「『新約聖書』の誕生」(講談社学術文庫)
本書では、この二冊では触れることが少ない、キリスト教の世俗化が(それなりに)詳しい。キリスト教は宗教ビジネスで、それ自体が権力となって教会と信者の二重構造を維持するものであった。これは古代から中世までは西洋社会の危機を回避することができた。でも、「なすべきこと」はなにかに対して、テキストは多様な解釈が可能なので、いくつものセクトができた。どのセクトも神とのつながりができると主張したので、セクトの間は仲が悪い。嫌悪と緊張がある。中世から近世までにセクト間の闘争と虐殺が起きた(仏教でもセクトはたくさんできるが、差異があるのは当然としていたので、セクト間の抗争はない)。また、近代の科学技術と国民国家はキリスト教がいう「なすべきこと」の根拠をどんどん奪っていった。科学技術は世界と宇宙の見方をより精緻にしていって教会がいうことを覆していった。複数の民族を抱える国民国家は世俗の権力を上にしたので、宗教集団を相対化した。その結果、フランス革命以降には教会に行かない人が増えた(なので、日曜日に暇つぶしができるようにスポーツやレジャーや日帰り旅行を国家は奨励した)。ロマン主義は社会的なキリスト教離脱運動なのだ。
記述は19世紀末あたりで終了。キリスト教が宗教ビジネスであることは別の宗教がそうではない〈真実〉の宗教であることは意味しない。なのでキリスト教の本質が顕わになったからといって、別の宗教に乗り換えることは推奨できない/しない。
「宗教なる制度が、独善に凝り固まった自己正当化集団を作り出して不必要な対立や争いを発生させてきたことを考えると、宗教なるものの役割は終わりつつあるとする「世俗化」の動きは、さらに進展させるべきだし、私などが議論をしなくても、これからもどんどんと進展していくと思われる。」P191
あいにく古くからある教会の権威は失われてきても、人びとは宗教を求める。古くからある宗教よりももっと安直な宗教ビジネスが現れ、人々が殺到する。困ったのは新興宗教は豊富な資金を使って政治に介入し、全体主義化を進めていることだ。「世俗化」は代替物を助長させた。
その点では、宗教が生活を支配していない東アジアは宗教なき国家のモデルになれるかもしれない。アジアは権威主義が強いので、世俗化のはてに全体主義国家ができあがることになるのかも。西洋のように世俗権力に対抗する理念や力を持っていないので。それに日本は無宗教とはとてもいえず、いまだに国家神道の影響が残っている。くわえて、死の恐怖を克服したい欲求にこたえるところがなくなるのも危険。宗教なしで孤立化アトム化が進むのをどうしたらいいのだろう。話がでかくなりすぎたので、ここまで。
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