odd_hatchの読書ノート

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加藤隆「『新約聖書』の誕生」(講談社学術文庫)-2 キリスト教の拡大は無秩序をもたらしたので、テキストを作り平準化を図る。統一的理解が困難な聖書の権威をささえるのは教会の権威。

2025/06/20 加藤隆「『新約聖書』の誕生」(講談社学術文庫)-1 現状追認で保守化したユダヤ教の改革者がイエス。口承で布教したのでテキストをつくらない。 1999年の続き

 

 最初の1世紀で重要な出来事は66~70年のユダヤ戦争。独立戦争に失敗して(あと数回の蜂起も失敗)、ユダヤ人だけの国家建設をあきらめる。ディアスポラ(離散)が有名だけど、パレスチナからユダヤ人がいなくなったわけではない。残ったユダヤ人では、ローマ帝国との調和・協和を優先する保守化が進む。それはユダヤ人の民族主義を強化することになり、キリスト教徒の排除になっていく。ここからユダヤ教キリスト教が別れていく。キリスト教徒にはローマ帝国から迫害されるという厳しい状況が続く。いかに迫害から逃れるか、いかにして宗教共同体の結束を高めるかが教会や共同体の喫緊の課題。文書が多数つくられたが、そこには組織維持などの〈現在〉の問題が反映している(なので神学の議論や論争の記録として読むのは、当時を理解することの誤りになりかねない)。

・1世紀後半。重要なできごとは、64年のローマでのキリスト教徒迫害。ユダヤ教とは別の集団であるという表明であり、ここからユダヤ教キリスト教を締め出す。66~70年のユダヤ戦争。ユダヤ人の敗北とエルサレム神殿の破壊。離散したユダヤ教徒もいたが、パレスチナユダヤ人は穏健で親ローマ的なファリサイ派ユダヤ人共同体を立てなおす。民族主義的な傾向がたかくなり、キリスト教徒は排除されるようになる。そこでパレスチナ以外の場所にあるキリスト教集団には非ユダヤ人が多く入るようになり、ユダヤの口承の立法が忘れられ、地上のイエスの言動と復活したイエスの指示をまとめるテキストが要求される。最初にかかれたのはエルサレム教会批判を含むマルコ福音書。そのあと、イエスの厳格な道徳的教えに従えと個人的英雄主義を説くマタイ福音書ができる。ユダヤ教に合流を呼び掛ける流れにある文書。

ユダヤ戦争の重要な意義は、キリスト教ユダヤ教シナゴーグと別れたこと。エルサレム神殿が破壊されたので、神殿の権威がなくなったこと。キリスト教徒はギリシャ小アジアやエジプトなどに行き、布教と宗教共同体をつくるようになる。(キリスト教徒といっても一枚岩ではなく、ユダヤ系・非ユダヤ系・道徳主義的集団などさまざまな流派があった。主に口承で伝えられていて、主の弟子の権威もあったのでテキストを作ることはあまりしなかった。)

・当時のキリスト教徒は数万人、ユダヤ教徒は数百万人と推定される。非ユダヤ人のキリスト教徒が増えたので、キリスト教会は無秩序だった。確固とした倫理的規範が必要。そこでパウロ的教会が注目された。共同体を成立して長い経験を持っている、キリスト教独自の文書を作っていた、ローマ帝国的な支配組織を打ち立てようとしていた(以上はパウロの意図というより後継者によって意識化されていった。AD80年ごろ成立のルカ文書(福音書使徒行伝)が重要。ローマ帝国支配下キリスト教化できれば「全世界」を支配できるというイデオロギーが書かれているため。キリスト教は普遍主義をもっていたのでユダヤ人と非ユダヤ人にわけることはない。しかしキリスト教徒とそれ以外を区別する。地域と信仰の二重支配を目指していた。パウロを再評価する試み。

・1世紀の終わりころになると、主の弟子もいなくなり、口承の権威が失われてきたので、各地で多数の文書が作られるようになる。たとえばセクト的な生活を奨励しユダヤ人を敵対者とみなすヨハネ福音書と黙示録など。口承の権威の代わりが必要になった(シナゴーグから分離したので旧約聖書に代わる権威の必要になった)。口承に変わって朗読されたのを聞くスタイルができてくる。文書が乱立したので、無秩序になってくる(グノーシス主義その他の流派ができる)。独自の文書を編纂する動きがある。マルキオンが重要。この人は「オリジナルなテキスト」を正当なものにし、旧約や口承伝承を排除した文書群を作る。それによって強固な教会組織ができた。分裂の動きがでてきたので、主流派も正典成立をめざす。
トリビア: ヨハネ福音書にでてくるロゴスや言葉とは律法のこと、だそう。)

・主流派のやりかたは、マルキオンのやり方を踏襲、旧約を認め口承伝承の一部や霊の権威も認めた。合意が得られるまでは文書の範囲は流動的だった。何度のも会議は文書の範囲で異論があったため。

・口承にかわりテキストを読み聞き議論することが重要になる。しかし読む議論するは一部エリートのみ。テキストは解釈の余地があり多様な読みを許す。そこで、取った方法はテキストはあいまいで統一的な理解ができないもので(たいていの信者は読むと議論するから脱落)、教会は理解の進み方を監督して信者を従属するツールに文書を使った。

「この文書集は、権威が認められるのであればそれだけでいいのである。理解されなくてもいい。というより、理解しようとしても全体的な理解ができないもの、親しみがわき、感服させられるような部分もあるが、難解な箇所、意味不明の箇所が数多くあって、全体としての理解ができないもの、よほどの者でない限り理解の探求をあきらめてしまうようなもの、がよいのである。(P291)」

ローマ帝国は迫害と寛容を繰り返したが、そこで迫害時に棄教者が生じ寛容時に復帰を求めるものがでた。迫害に抵抗したものが英雄視され威信を持ち、教会の重要なポジションについたが、神学の質は落ちていった。その際に、最低限の理解の範囲を決めている文書があることは大事だった。

ローマ帝国は、領土を広げるごとに支配の管理をしようと試行錯誤したが、うまくいかなかった。キリスト教を国教化したら、帝国の支配地域を布教して宗教共同体を持っているキリスト教によって支配が円滑になった。しかし、敵対するペルシャキリスト教を敵の宗教としたので、布教できなくなった。

 

 本書から初期キリスト教と聖書の概要を挙げると
キリスト教は当初からユダヤ教と反発しローマ帝国から迫害を受ける新興宗教で、地中海世界に信者が数万人という弱小集団。信者であることが発覚すると迫害を受けたり殺されたりする可能性がある切迫感のもとにあった。

・信者を結束するのは、「信じる者は救われる」と「十字架刑による贖罪」というわかりやすい思想をもったパウロのグループ。キリスト教ナショナリズムをもっていないうえ、パウロのグループは民族や言語を異にする人々を取り込んでいった(それが普遍主義・カトリシズム)。代わりに「信じる者」とそうでないものの上下関係を強化する。厳密に考えると、これらは矛盾をはらんでいる。

・信者が地中海世界に分散しそれぞれが口承による伝道をしていたために教えや生活規範がばらばらになって無秩序になっていた。イエスを直接知らないものが増えるにつれて、教えをテキスト化するようになった。各地の共同体が他の事情を知らずに作ったので、内容や思想は統一されていない。無秩序は解消されなかった。

・ある地方の指導者が行っていた文書の厳格化が平準化や均質化に有効だったのをみて、キリスト教会主流(本書ではどこにあったのかよくわからない)も文書群の整理に向かう。さまざまな流派でごたごたがおきないように折衷的な選択にした。聖書の権威を支えるのは教会の権威であった。

・こうしてできた「新約聖書」はさまざまな流派の文書を集めたもの(福音書の性格や思想が異なるのは上のサマリーを参照)なので統一的な理解は困難。あえてそうしたのであって理解の進捗を判定する教会主流の権威をあげるために有効だった。信者には従属(忠実)を要求し、神の権威と同じように教会の権威が内面化された。

ローマ帝国キリスト教を国教にしたころには、キリスト教は支配地の各所で信者の宗教共同体を作っていた。この宗教共同体を国家組織に組み入れたことで、ローマ帝国の管理が行き届くようになる。生活=宗教=政治が一体化し、政治に対する抵抗活動がなくなる。

 

 

 荒井献や大貫隆の本だと文書の異同のネストに絡まれてしまって政治と歴史のことがわからなくなる。ユダヤ教の中の分裂だったり、ローマ帝国の被支配民であることだったり、教団の運動目的であったり。一方、弓削達の本だとローマ帝国の立場にたっているのでユダヤ人やキリスト教徒の存在はちっぽけなものになる。そういう不満を解消するのによい一冊。新約聖書の横に置いておくとよい。

 

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