odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

山形孝夫「聖書の起源」(ちくま学芸文庫) イエスはユダヤ教の禁忌を破って医療行為をするもの、なんだそう。

 もとは1976年に講談社現代新書ででた。それを2009年にちくま学芸文庫に入れなおした。(どうでもいいが、1990年までは学術書・専門書といっていい新書がでていた。21世紀の新書にはふさわしくないので、復刻されるときは学術・専門書を集める文庫に入れる。かつては学生が手軽に勉強するなら新書を読めとアドバイスできたが、いまは「学術」「学芸」の名がついた文庫を読めとなる。)

 テーマは旧約新約の聖書がどのようにできたかを歴史的に明らかにすること。原著が出てから半世紀を超えると、記述は古くなっているのではないかな。歴史的できごとと対比しているが、歴史の情報が少ないので、別書で補完しましょう。

旧約聖書ではいわゆるモーセ五書に注目。ここには紀元前1750年ころから同1004年までのイスラエルの歴史を含んでいる。牧畜社会が農耕社会に変わる際の問題、とくに放浪する民族が土地を取得する困難さが描かれる。バビロニアやシュメールの神話の影響を受けている、とのこと。

新約聖書では、イエスが治癒者であることに注目。福音書使徒行伝ではイエスと弟子による治療が115話もある。イエスと弟子は放浪しながら医療行為を行ってきた。イエス神の国伝道をするだけでなく、治癒者として知られていった。治療するのは、悪魔憑き、盲人、皮膚病、足萎え、聾唖など。これらはユダヤ教では治療対象にしてはいけない禁忌・タブーだった。イエスはその戒律を破る。しかしこれはイエスを告発する理由にはなっていない。というのは、ユダヤ社会には治癒神の伝承があり、イエスはそれに対立する治癒神として信仰されるようになった。4世紀にローマ帝国キリスト教を国教とするが、それはキリスト教徒による医療行為を認めることだった(その結果、ローマ等に古来からある治癒神アスクレピオスを排除することになった)。

新約聖書はイエスの死後に編纂されたが、イエスの生涯のできごとをありのままに描かなかった。何を語ったかは重視せず、語った「こと」を伝えた。イエスは告知するものから告知されるものになった。その理由のひとつは、聖書は祭りに朗誦される祭文として使われたことにある(もうひとつはファリサイ人や律法主義者を敵を見立てた論争の参考書に使われたこと)。教会はイエスが何をしたかを知ろうとしないし、教えない。
福音書は受難と復活を語ることが主題。山上の垂訓は民衆向けと弟子向けの教えをあつめたもので、神の国が到来するまでの地上の生活規範を示したもの。最後の晩餐は、ユダヤ教の過越しの祭である。ヤギの代わりにイエス自身が生贄になった。これが最後とされるのはイエスが以後食事をとらなかったことを意味し、復活したイエスとの最初の食事を示している。)
 しかし国教になったときから治癒神イエスは消え、礼典主義になる。治癒神信仰は聖母マリア(彼女には悲しみと祝婚の二つの面がある)信仰に代わる。なぜ礼典主義になったかは書かれていないので、以下を参照するなどしておこう。

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 イエスをどう評価するか、福音書をどう読むかについて、神学者たちは数百年も考えてきた。そのいったんが本書に書かれている。その執拗さにはおどろき。
 イエスを治癒者、医療行為者とするのは、これまで読んだことがなかったので、新鮮なおどろき。なるほどそう位置付けると、福音書に治癒の奇蹟物語がたくさん入っていることに納得できる。伝道の手段として治癒行為をしていたというのも、短時間で信徒をたくさん集めた理由として説得力がある。まあどこまで納得していいのはわからない(追記。あとで「使徒行伝」を読んだら、捕縛されたパウロが医療行為をしていたのだと弁明していた(第4章)のを発見。ルカ伝と使徒行伝が医師を含む教養層によって書かれたというのを思い出した。あとメモしておくとルカ伝ではイエスに従う女性集団がいたことを記述している。他の福音書にはない特長)。福音書が祭りの朗唱の祭文で使われていたというのも同様。こちらはありそうとは思うがどうかしら。

 

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