先には、M・ベイジェント、R・リー『死海文書の謎』と、B・スィーリング『イエスのミステリー』という与太本を読んでいた。それはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で引用されていたからなのであるが(アニメでは通常「ぶんしょ」と読む「文書」を「もんじょ」と読ませて、現実の死海写本ではないと注意していたのだ。しかし前掲「死海文書の謎」がたくさん売れてしまったおかげで、かれらの陰謀論も広まったはず)、あまりに与太がひどいので正しい知識を得なければならないと本書を入手した。(20年以上前に高橋正男「死海文書」講談社選書メチエを読んでいるが、すでに手元にないし、内容は忘れた。)

周辺事項から。1940年代はじめに死海のほとりのクムランにある洞窟で埋められた壺を発見した。中には古文書がはいっていたが、価値を評価できる人がいない。そのうえパレスチナにユダヤ人が入植して建国するというので、死海周辺は政治的軍事的にぐちゃぐちゃになる。そのために古文書の所有者は点々として、破損が進む。国際的な学術グループが入手して研究が開始されたが、グループ内に内紛があるわ、あまりに破損が激しく復元が容易でないのでなかなか出版されないわと問題が続く。そのために部外者が上記のような与太本や陰謀論を出すことになった。ようやく1990年代に全部が出版されて調査研究が進むようになる。ナグ・ハマディ文書といい、ユダ福音書といいこの地で見つかる古文書は政治的問題に翻弄されすぎている。
さて、死海写本を見る前に、古代のパレスチナとユダヤ人の歴史を概観することが必要。死海周辺にユダヤ人は住んでいて、独立した王国を作ってもいたのだが、紀元前4世紀ころから周囲の大帝国による支配下に置かれる。すなわちBC4世紀ころにアレクサンドル大王のマケドニアに、次にエジプトに、BC2世紀ころにシリアに支配され、BC150年ころに一度独立するが、BC60年ころにはローマ帝国の属州になる。ローマ時代にはユダヤ人の自治とはなっていたが、実質的には過酷な支配下にあった。この時の自治組織の長がヘロデ。彼がADの始まりのころに死ぬと、ユダヤ人の反乱がおこる(第1次ユダヤ戦争)。66年にユダヤ人の大蜂起があり、敗北。さらに132~135年の第2次ユダヤ戦争で再び敗北。これらによって自治権を失い、多くのユダヤ人がパレスチナを去って、周囲に移動していった。(以後の民族の流浪については割愛)。ヘロデ死後の反乱から第1次ユダヤ戦争の間がイエスの生きた時期にあたる。
ユダヤ人とローマ帝国の関係、ユダヤ人内部の状況はかなり錯綜していた。そこは加藤隆「『新約聖書』の誕生」(講談社学術文庫)のまとめを使用する。加藤によると、
「イエスの時代のユダヤ教では、いくつかのグループができていた。1.サドカイ派:現状維持、富裕層、政治的には日和見。2.エッセネ派:現状維持、儀式の厳格化、修行者のコミューン、エリート主義。3.ファリサイ派:立法主義、中流以上の知識人層、ユダヤ人内の差別拡大。4.ゼロテ(熱心)派:独立運動志向の国粋主義者、テロ、セクト化。5.ヘロデ派:ローマの傀儡。6.一般ユダヤ人層:被差別当事者。とくに宗教的であったわけではない。」(俺のまとめ)
ここに出てくる宗教グループは福音書に出てくるので、覚えておいたほうが良い。
死海写本には旧約聖書の古写本もあるが、注目されているのは発見地に近いクムランにあったエッセネ派の文書を含んでいるため。加藤によると、エッセネ派は現状維持、儀式の厳格化、修行者のコミューン、エリート主義の集団。クムランには彼らの住居があって共同生活をしていたようである。ユダヤ教の分派としてのクムラン宗団は独特な教義を持っていた模様。義の教師、悪の祭司という語彙、あるいは人間は悪(光)と善(闇)とに二分されそれぞれに守護天使がついているという教えが有名だ(そうだ)。旧約聖書に当たるテキストも読んでいたが、宗団独自のテキストもつくっていた。この黙示録的終末論的な宗教団体の教えは難解なので、サマリーは作らない。
(上の与太本では、イエスをエッセネ派とみなしたり、イエスを義の教師をみなすなどの誤謬がある。初期キリスト教に陰謀をみたい人たちには格好のネタになっている。安易に乗らないようにしましょう。)
気軽な気分で読んでみたら、途中からまじめに当たらないといけないと身を引き締めました。陰謀論やアニメのネタで消費するような知識ではなかった。
20世紀になって発見されたキリスト教関連の古文書に関する本。
溝田悟士「「福音書」解読」(講談社選書メチエ) → https://amzn.to/43EqHjQ
土岐健治「死海写本 『最古の聖書』を読む」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/3SRdH5b
山形孝夫「聖書の起源」(ちくま学芸文庫) → https://amzn.to/3FjvyyE
加藤隆「『新約聖書』の誕生」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4mvsGPZ
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