とうにマーラーの没年齢を超えた年齢になった。マーラーの音楽は老年で聞くにはきついものになったが、彼の音楽は気になる。そこで10年ぶりに再読。前回の感想はリンク。
作曲家で音楽学者である柴田は本書の副題に「現代音楽への道」をつけたが、古典音楽と現代音楽の橋渡しとするのは彼の音楽のオリジナリティを損なうのではないか。そこで、本書の隅々にある言葉を拾って、マーラーの音楽を考えてみる。

マーラーの生没年は1860~1911年。ドイツ帝国とハプスブルク帝国がヨーロッパの列強に食い込みだす。そのために帝国は愛国心高揚と市民の自由を制限する政策をとる。資本主義の隆盛で所得が増えた人が出て、文化に関与するようになる。以前のような芸術を愛好する貴族とディレッタントはごく少数になり、聴衆は大衆化している。さらに、ハプスブルク帝国がユダヤ人解放をしてから数十年が経過。ユダヤ人が実力主義の業界に進出できるようになったが、なお「見えない天井」は固く、それを突き破るには途方もない努力が必要だった。フランス革命の前後のような巨大な変革はないものの、ヨーロッパでは政治と経済と文化が変動を起こして、音楽にも影響していた時代だった。マーラーの生涯はこのような「世紀末」と一致する。
そこで作曲で大当たりをしようとしたマーラーは交響曲で勝負する(なぜオペラを書かなかったという問いがでてくるが、やはりユダヤ人がオペラを書いても上演できる可能性はほぼなかったのだろう)。そこでの戦略は聴衆とパトロンの変化を感じ取ったベートーヴェンによく似たやり方だった。
・音楽は、うるさく(大管弦楽と大合唱、ソリストが登場して大音響を実現)、わかりやすく(マーラーは稀代のメロディメーカー、民謡や流行り歌を引用し、軍楽隊を模倣し、流行しているワルツを取り入れる)、新しい(日常品を楽器にしたり、極端な感情表現をし、極端に長い音楽を書き、異国趣味をだす)。
・最後の異国趣味、エキゾティズムで扱ったのは、ドイツの中世やメルヘン、帝国の異境であるモラビアの音楽、さらに足を延ばした中国やユダヤの音楽。ポストワーグナーにあってドイツの音楽家が新しいものを見つけるのに苦労していた時、ヨーロッパの異邦人であるマーラーは即座に新奇な音楽を見つけることができた。ただその視線は植民地主義にあるので、中国やユダヤなどのオリエントも雰囲気を持ち込むくらいに抑え、ヨーロッパ中心主義から逸れないように工夫している。
・本人がフロイトに診察してもらったように、近代と異邦人である自分に折り合いをつけるのに苦労した。それが音楽に神経症(ヒステリー)的な装いをもたらしている。激しい情熱や攻撃性を持っていて、次の瞬間には孤独や虚無、瞑想などに極端に変化する。これも聴衆を混乱させながらも魅了する仕掛けになっている。
・マーラーは反権威で反社交。帝国の道徳規範や社会のルールに異を称えるひと。交響曲を多楽章形式にし、わかりやすいタイトルをつけたり、物語性をもたせた。上の「うるさい、わかりやすい、新しい」とあわせた伝統への挑戦(なおそのために交響曲を限界まで突き詰めたので、その先を続ける後継者が出なかった)。指揮者としてはオペラ中の雑談や途中入場を禁止した。オペラハウスを芸術鑑賞の神聖な場にした。大衆化に対してディレッタンティズムで対抗した。
(ここはドビュッシーと同じで、音楽や芸術が大衆化するのを彼らは嫌う。そこで大衆に通じない新しいルールを自分の音楽に設定する。それで芸術を愛好するサークルを作る。20世紀の音楽家もドビュッシーやマーラーと同じことをしたが、それは聴衆を限定することになった。たいていの音楽家は少数のサークルのための音楽になった。でもドビュッシーとマーラーは大衆化も実現できた稀有な例になった。)
そして話は、性格交響曲(sinfonia caracteristica)になる。ベートーヴェンの造語である(らしい)性格交響曲は、交響曲が性格を描くもので、普遍的な人間の物語を込めたものであるという意味。その具体例は、笠原潔「西洋音楽の諸問題」(放送大学教材)、片山杜秀「革命と戦争のクラシック音楽史」(NHK出版新書)、田村和紀夫「交響曲入門」(講談社選書メチエ)などで見てきた。それはマーラーにもあるのだという話。
たとえば、第1番は巨人のタイトルが一時期つけられていた。柴田は本書で
「ジャン・パウルの小説の表題の引用であるが、聴衆への理解を考えての命名に過ぎず、真に必然性があるとは思えない(P44)」
という。でも、ジャン・パウルの小説の内容は
フランス革命の時代、ドイツの小国の命運を握る侯爵の子息、自らの出自を知らない主人公の教養小説。 芸術至上主義の友に恋人を奪われ、諧謔家の師友に先立たれながら、君主として小国を統治する決意を固める。 夢と諷刺の作家ジャン・パウルの代表作(1800-1803年)
(リンク先に全訳のPDFがある)
とあるのをみるとき(邦訳はあるが、800ページもあるそうなので手も足もでない)、マーラーの意図が見えてくる。この交響曲は、自然描写からなにかが生起し、人間たちの踊りになり葬送の後、終楽章で生き返るというストーリーを見出せる。それは小説「巨人」のサマリーに一致する。
ベートーヴェンの「英雄」のように、先んじた英雄は世界を震撼させ変革のきっかけを作るが、企図途中で死んでしまうものの、触発されたものたちが新しい人間として生まれ変わり、世界の変革を完成させるはず、という物語を性格交響曲はもっている。巨人がその実例。そして他の交響曲でも同じような英雄の死と浄化、新しい人の誕生と生まれ変わった世界という物語をみいだせる。
これは第2番交響曲でよくわかる。世界を変革する者の自覚、激しい闘争、死を経ての再生。この物語は片山杜秀は第3番交響曲でみた分析と同じ。そうすると、マーラーの第2番と第3番の交響曲は、ベートーヴェンの「運命」と「田園」と同じように対になっていて、語り方を変えているのだ。前者が内面の物語で、後者が自然から見た物語。
本書を読んで発見したと思ったのは、マーラーはユダヤ教の人。途中カソリックに改宗したといって、カソリックの教義やテキストに精述しているわけではない。第8番でグレゴリオ聖歌に用いられている「ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス」を使っているが、マーラーはこの聖句を知らなかったらしい。なので作曲にあたりごれゴリオ聖歌を引用しなかった。語句を変え自由な旋律で作曲した。後半はゲーテ「ファウスト」の終結部。そうすると、第1部と第2部には断絶があり一貫性がないというのがこれまでの解釈だが、俺からすると第1部は天地創造であり、第2部は創造された自然から生命が生まれ浄化して天使の誘導で天上にいたるという物語をみいだせる。
英雄の死、新しい人間として誕生という物語は、ベートーヴェンやマーラーに限る創意ではなく、19世紀全体の時代思潮(とくにドイツで顕著)であったと思う。これを頭に入れると、19世紀芸術に似た物語をたくさんみいだせそう。哲学でもニーチェやヘッケルなんかがその種の思考を開陳した。マーラーがニーチェを引用したのも彼の周囲になる時代の雰囲気の反映だった。
ロマン主義のこの物語が通用しなくなったのはWW1。欧州で行われた帝国同士の戦争で、たくさんの死者がでて、それに意味をつけることができなくなった。近代を作ってきた結果が大量の無名の死であるという現実を突きつけられると、死と再生にロマン主義をみいだせなくなった。マーラーはWW1の前に亡くなったので、ロマン主義の挫折は経験しなかった。でも近代に内在する矛盾や苦悩、対立は自覚していた。
(その例は大地の歌に見られると思う。管弦楽編成されたこの連作歌曲集は、これまでの交響曲と違って個人を扱っている。あいにく個人になってしまっては、英雄性を持つことはできない。挫折の連続の末に、諦念と死の予感に打ちひしがれる。「生は暗く、死もまた暗い」。再生の希望はあっても、もはや個人としての連続性は保てないだろう。非キリスト教徒だからこういう見方になったのかも。)
柴田南雄「グスタフ・マーラー」(岩波新書) → https://amzn.to/4mWL985
金聖響「マーラーの交響曲」(講談社現代新書) → https://amzn.to/4mRiHEF
笠原潔「西洋音楽の諸問題」(放送大学教材) → https://amzn.to/4jJhzjO