ニーチェを含む哲学はずっとまえに離れたのだが、ヨーロッパやドイツや西洋音楽などを知るにつれて、ニーチェが気になってきた。長大な著作を読む気にはなれないので、自作を自注自解した「この人を見よ」を読む。40年前の読書では難解。こんどはずっとわかりやすかった。
そのわかりやすさを書く前に、ニーチェの生涯を簡単に見ておこう。1844年生まれのニーチェは俊英としてギムナジウムに入ったが、この詰込みと厳格な教育法には全く合わない。大学に入ってからは学生組合に入って放逸な生活を送る(決闘で顔に切り傷を作ったのだっけ)。しかし古典文献学に才能を示し、学者として歩みだしたが、「悲劇の誕生」が当時の学術書のルールを破るものだったので、教授になれない。病気がちでもあるから、アカデミーにいることは止めてフリーランスの著述家として生きることにする。文体は激烈で論争的。彼を支持し支援する友達はほとんどいない。実生活ではろくなことがない厳しい生活をしていた(昔読んだ西尾幹二「ニーチェ 第一部・第二部」(ちくま学芸文庫)を思い出しながら書いてみた。あってるかな)。
ドイツのギムナジウムと大学は以下を参照。
2013/11/07 上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)
2024/06/06 レオポルド・ランケ「ランケ自伝」(岩波文庫) 戦前の教養主義が規範とするべき保守的な学究によるプライベートがまったく書かれない自伝。 1885年
2023/05/25 トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」(筑摩書房)第1部・第2部 ドイツ19世紀半ば、成り上がり企業の三代目が後を継ぐ 1901年

この人の文体は独特で、断章ばかり。構築性を持たせようとすることはなく、話題はあっちこっちに飛ぶ。思わせぶりな事を書いて読者を韜晦し、決定的な一語を発しない。どこかに主張の核心があるはずだが、彼の書いたテキストにはどこにもない。詩的喚起力のある文章があり、自作の詩が引用される。ニーチェにとって哲学は詩と文学と同義。なので境界をやすやすと超えた文体を使う。なお、哲学は感情と心理とも同義。自分の心理分析が普遍的と思わせる哲学に跳躍する。とても秘教的な書き方。なにかに似ていると思ったら、ニーチェが専攻していたギリシャ悲劇だった。ときどき挿入される詩はコロスの合唱のよう。コロスの前でニーチェという一人の役者が語り続けるのだ。デカルト以降の近代的な哲学の書き方ではないので、面食らうのだよなあ。
ニーチェもまた時代の影響を大きく受けている。彼の生涯に起きた大きなイベントをあげると、1848年ドレスデン革命、1870年普仏戦争、翌年のプロシャによるドイツ統一。民族と国家が一致しておらず、資本主義や工業化が進んでいない遅れたドイツがヨーロッパの強国に成り上がるまでを見聞きしていた。そのドイツの思想や精神思潮は明るくない。最新科学が明らかにした進化論やエントロピー論は未来の果ては没落であり熱的死である。産業革命と都市化は人びとを孤立させ他人に攻撃的なモッブであり、生の意味を感じなくなるダス・マンとなる。さまざまな病気が蔓延していて、貧困などで見捨てられた人々がたくさんいる。これらはドイツの近代化で生じたことだが、国家も人々も手を付けない。むしろ没落した人を見捨て、私利私欲をあさることに励むというひどい退廃を示している。ニーチェはこの原因を宗教と国家の一体化、宗教と生活の一体化にあると考える。現実の悲惨や人びとの退廃堕落を放置するのは、人びとが道徳や善悪の判断をしなくなったため。それはドイツの人々がキリスト教道徳にどっぷりとつかっているのに、宗教的な熱意を失っているため。いや探求すると、キリスト教そのものが反道徳なのだ。
ニーチェの考えるキリスト教道徳は、権威や他人に依存するのを奨励し、ルサンチマンで物事を斜にみるようになり、キリスト教団体以外の共同体に結束しないようにして弱者を攻撃し、生命や肉体を侮辱するのである。人類の未来を構想することがないし、個々の人間が立志することもなく、宿命論を受け入れてあきらめている。人間はそんなに弱いものでいいのか。ニーチェは憤慨する。
(弱者を切り捨てる国家や大衆に憤慨しながらニーチェは民主主義や社会主義を構想しない。古典ギリシャ文献学者であれば、古代民主制の復活をもくろみそうなものを。そういう地と大衆に依拠するような思想と行動は貴族主義のニーチェには合わなかった、と思うしかない。)
徹頭徹尾自分のことしか書いていないのに哲学書になるのに驚愕。こんな芸当はデカルトの「方法序説」以来(いくつか類書はあるけど)。
19世紀ドイツの知的な若者のギムナジウムと大学の生活が書いてあるのは「ランケ自伝」につぐ。ニーチェはランケを知っていたようだが(本書に名前が出てくる)、小バカにしていた。古典文献学の俊英としてはランケのやり方は古めかしい、徹底していないとでも思ったのかしら。
近代の超克のために神の掟を乗り越える「超人」になろうという考えはニーチェの独創ではない(はず)。俺の貧しい読書でも、ドストエフスキーの「罪と罰」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」が同じ主題を扱っていた。エルンスト・ヘッケルも奇怪な「生命の不可思議」でプラスマなる生成そのものが宇宙的進化に参加するという夢を書いていた。逆の方向では、ウェルズの「タイム・マシン」では未来に退化する人類をイメージしていた。ダーウィン(ニーチェは彼の進化論を嫌う)によって生命は生成変化することが受け入れられ、経時的には今あるものがいずれ別のものになるのも当然と思うようになっていた。ニーチェは時代から超越した孤独な人なのではなく、19世紀末ドイツという場所に制約され影響を受けた天才なのだ。
(超人思想の遅れた表れには、デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)1920年があった。最終章の光の粒が乱舞する宇宙的なイメージはツァラトゥストラの正午を思わせた。)
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2025/07/15 フリードリヒ・ニーチェ「この人を見よ」(岩波文庫)-2 キリスト教道徳を踏み越えた超人たちによる「道徳的世界秩序」を構想しよう。 1888年に続く