odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

樺山紘一「《英雄》の世紀 ベートーヴェンと近代の創成者たち」(講談社学術文庫) 啓蒙主義者や疾風怒濤のロマン主義者は啓蒙の賢人や普遍の英雄を求めた。

 西原稔「バロック音楽と国際政治」(講談社学術文庫)の続き。西原書は18世紀終わりころ(1770年代まで)を扱っていた。本書は西原書が終わったところから始まる。

odd-hatch.hatenablog.jp

 とてもわかりやすい、17世紀ころからのドイツ精神史。17世紀にイギリスは議会制に移行し、フランスは中央集権政治に代わった。近代化の始まり。しかし、ドイツは長い宗教戦争のために、政治体制は中世のまま。金がないので芸術運動も起こらない。18世紀になると経済成長が始まり、領邦国家に余裕がでてくる。先進国イギリスとフランスのマネから始めようとする。プロシャ宮廷ではフランス語が公用語になるとか、各地にオペラ劇場ができるとか。ドイツの教養主義はここに起源をもっているが、イギリスの人文主義教育やフランスの新古典主義の輸入だった。上からの近代化に触発されて、貴族やブルジョワに学習意欲がわく。読書会や勉強会が組織される。ドイツは土着の知識を発見しようとする。それが音楽と哲学。この勉強欲は18世紀半ばに二つの動きになる。ひとつは啓蒙主義。もうひとつは疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)。これらの運動で、ドイツの知識人や若者は、啓蒙の賢人や普遍の英雄を求めようとする(たとえば、シラー「歓喜の歌」やゲーテ「若きウェルテルの悩み」のように)。
 そこに大西洋革命(アメリカ独立戦争フランス革命、ハイチ(黒人)共和国独立など)が起こる。ドイツ人はフランス革命に影響を受ける。啓蒙主義者や疾風怒濤のロマン主義者はフランス革命に期待と希望を持つが、周辺国への戦争開始で失望と幻滅、そして脅威と恐怖に代わる。ヘーゲルベートーヴェンのような疾風怒濤を経験していないものほど感情の振れ幅は大きい。しかしフランス革命の理念はドイツに定着する。
 このあとフランス革命の推移が語られる。下記エントリーを参考に。
柴田三千雄フランス史10講」(岩波新書
 フランス革命による市民(ブルジョワ)の登場と国民軍の結成はナショナリズムと規律への憧れを産み、英雄(下記)が求められた。そのシンボルがナポレオン。

「人類、あるいは人間という抽象化されえた価値が、精神をゆりうごかし、ただひとり、もしくは陣頭にたって、理想の実現にむけて燃えたつ人びと。 (p.153)」

 ドイツに対するフランス革命の影響は当地の占領によって、近代改革・自由経済ユダヤ人解放を促進したこと。そのあとの撤退でプロシャ(プロテスタント)とオーストリアカソリック)の二分体制を決定したこと。オーストリア帝国はドイツへの拡大をあきらめ、北イタリアに向かう。
 革命期フランスの音楽事情は下記エントリーを参考に。
片山杜秀「革命と戦争のクラシック音楽史」(NHK出版新書)
 ナポレオンの失脚によって政治体制は復古に向かう。イギリスを除いた国は君主制に。しかし思想潮流では古典主義が完全に払しょくされ、ロマン主義に変わる。ロマン主義は古典主義に対するアンチ。明澄、秩序、普遍を旨とする古典主義に対して、ロマン主義は幻想と神秘、反抗、個性などを旨とする。音楽のロマン主義ウェーバーのオペラ「魔弾の射手」を嚆矢とする。静謐の1830年代までに「英雄の世紀」のシンボル的な存在であるゲーテヘーゲルベートーヴェンらが亡くなる。そのあと英雄がいなくなり個人の個性を重視するロマン主義の時代へ。

 メモ

・18世紀のドイツ地方では、啓蒙主義の政治が行われたが、それは専制君主による上からの改革(プロシャやオーストリアなど)と、領邦国家に属さない帝国都市のふたつの領域で。いずれの領内でも知識人、文化人などが輩出し、統治に重用した。ゲーテが政治家でもある理由。

ベートーヴェンヘーゲルは1770年の同年生まれ。彼らが疾風怒濤期を経験していないので、フランス革命に過度な期待を持つことはなかった。一世代上のゲーテ(ナポレオン擁護)と違うのはそれが理由。でも革命理念には深く傾倒。(ここを強調すると、彼等をロマン主義とみるのはちょっと違和感。むしろ最後の古典主義者で完成者とみたほうがよさそう。ウェーバーシューベルトなどのロマン主義者は彼らの一世代下だ。)

ウィーン会議のあとに、ドイツの若者がナショナリズム運動を組織。そこで学生組合が組織される。上山安敏「世紀末ドイツの若者」講談社学術文庫には学生組合の起源がなかったので、貴重な情報。1820年代に学生だったランケがその種の組合に加入していたので、見当はついていたが、裏付けられました。
2024/06/06 レオポルド・ランケ「ランケ自伝」(岩波文庫) 戦前の教養主義が規範とするべき保守的な学究によるプライベートがまったく書かれない自伝。 1885年

 

 タイトルの「英雄」と記述されるフランス革命前後100年がとっちらかっている。俺は「英雄」願望の起源と内容を知りたかった(でもって、個々の創作物の分析を読みかった)。西原稔「バロック音楽と国際政治」講談社学術文庫の続きであるかと思ったのだが、そうではない。また大西洋革命が指摘されても、新大陸の情報はほとんどなし。これは別書で補完しないと。
 革命前後の整理にはいいですね。高校教科書などを先に読んでいると、フランス革命で近代が一気に始まったように見えるが、地域にも時期にもグラデーションがある。ドイツやオーストリアやロシアなどをみると近代は1918年からだろうし、東欧は1945年以降という見方になる。19世紀を転換期とみるのは西洋中心主義であるのかも。

 

片山杜秀ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」(文春新書) → https://amzn.to/4dWYCJ7
片山杜秀「革命と戦争のクラシック音楽史」(NHK出版新書) → https://amzn.to/45BSJz5
樺山紘一「《英雄》の世紀 ベートーヴェンと近代の創成者たち」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4kYacWu
かげはら史帆「ベートーヴェン捏造」(柏書房) → https://amzn.to/45WJQQq
小宮正安「ベートーヴェン《第九》の世界」(岩波新書) → https://amzn.to/3ZYoGh2