2025/08/20 ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ III」(集英社文庫)14.15 第3巻は夜の章。まだ生まれない子供が歴史を幻視させ、死者が蘇り地霊が舞い踊る。 1922年の続き
第4巻は深夜。昼間活動する大多数は寝静まった。雨は上がり、地霊も亡霊も隠れてしまった。ほとんど誰もいない市内を二人の男が放浪する。途中のカフェで旅の疲れをいやしたのち、オデュッセウスは帰郷するが、息子はまだ放浪を続ける。息子には家がないし、家族もいない。
章のサマリーはリンクで。
2023/10/12 ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ VI」(集英社文庫)16.17 1922年
2023/10/10 ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ VI」(集英社文庫)18 1922年

人がいなくなり、光が失せてくると、人は内省的になる。ブルームとスティーブンがカフェに入っても、彼らが耳をそばだてるような話は聞こえてこない(ホラ話と政治の話だけ。妄想と陰謀論)。スティーブンが泥酔状態かつ殴られたので朦朧としていて、コミュニケーションは最低限度でしかない。そうすると、彼らは自省内省をすることになる。ブルームは寝取られ男の自分を、スティーブンは眠るところがない自分を。スティーブンが深刻にならないのは22歳という若さのせいか(まあ6月なら野宿は可能かも)。
一方ブルームは「人生の半ばを過ぎて(ダンテ「神曲」)」しまった中年男。ハンガリーを出た父がダブリンに落ち着いてから生まれたので、これまで遠出をしたことがない。ダブリンは首都であり人口が多いとはいえ、日がな同じ人たちとの付き合いをずっと続けている。モリ―の不義は町の評判になっていて、寝取られ男のブルームがバカにされる理由にもなっている。この時代だと38歳はすでに老年を感じる年齢。脱出したい夢はあっても現実的ではなく、このあとも町に居続けなければならない。深夜になって、一人になったブルームは閉塞感をもっている。
この日のブルームの一日を振り返れば、人生の諸相を一通りみることだった。ひとりで起きて、長年の友人の葬式に出向き、仕事のために通信社と図書館をうろつき、便秘になやみ、人種差別にあいビスケット缶を投げつけられ、草むらで射精し、出産をみて、死んだ息子によく似た若者を助け、不倫した妻の横で眠りにつく。人が生まれてから死ぬまでに経験することを一日で見聞きしてしまった。生と性と死。歩き回ったこともあって、ブルームは疲労している。
その気分は文体にも表れていて、第4巻の二つの章(16.17)は終末感が漂う。疲れていて、未来は見通せず、明るい明日はきそうにない。そのせいかナレーターは死者の名を呼びあげ、ブルームも自殺した父と生後すぐに亡くなった息子を思い出す。ベッドに入ると、シーツに精液の染みを見つける(モリーの不倫の痕跡)。ブルームは怒らず、諦念を持って平静であろうとする。最後の「どこへ? ●」は彼が寝入ったことを示すが、今回の再読では黒丸は死の暗喩と思ったよ。
その暗闇で、ブルームの取り留めない話で起こされたモリーが夢うつつの状態になる。観察者はモリーの取り留めないパロールを正確にテキストに起こす。文庫版で100ページ超。前回はこの句読点のないテキストにへこたれたが、今回訳注を一切見ないという方針で一気に読んだ。そこで、本書はこのテキストがなければ傑作にならなかったと確信した。
というのは、ブルームにしろスティーブンにしろ(あるいは「12.キュクロプス」の語り手の犬にしろ)、男のパロールやテキストや意識の流れは、ひとりぼっちのモノローグ。自分の価値がないように思い、他人に辛辣で交通をしようとせず(ブルームや犬のように他人に追い払われ)、死人にとらわれて行動できず、孤独で、寂寥感を持って、虚無に向かおうとする。この大作が「17.イタケ」で終わっていたら、小説は近代人や19世紀末人の孤独を描いたものとされただろう。それを「18.ペネロペイア」がすっかり逆転してしまう。モリーも過去を思い出すのだが(何しろ就寝中で行動していないのだし)、彼女が記憶するのは官能の日々。他人を愛した記憶。自分が誘惑して男を迎える愛情。娘の奔放さに困惑しつつも受け入れる母性。
対比させると
ブルーム: 否定、寡黙、孤独、死、オナニー、後悔、苦痛、テキストの記憶
モリ― : 肯定、饒舌、母性、豊饒、性交、エクスタシー、快楽、映像の記憶
となる。
最後に現れるイメージはジブラルタルの海と色とりどりの花。それらがモリーと一体になって境がつかなくなる(テキストの最初のほうは自他の区分がはっきりしていたのに、最後の数ページになると個々の男は消えて〈男〉一般になってしまうし、自然とモリーの区別がつかなくなる。なんでこんなマジックが起きるのかわからないとんでもなくすぐれたテキスト!)。ブルームのテキストは●で終わってしまうけど、モリーのモノローグの終わりは肯定の「Yes」。モリーはこの後も目を覚まして、ブルームを当惑させながらも生き続けるのだろう。それは読者の希望になる。初読では読了後に達成感をもったが、今回の再読では、世界にいてもいいのだ、居続ければいいのだという安堵を感じた。
かつてはこの大作をドストエフスキーの「罪と罰」やグレアム・グリーンのスパイ小説みたいに思い込んでいた。そういう思索やストーリーを楽しむものではなかった(なので本書を紹介するときにも、ストーリーやキャラの説明ばかりにしないほうがいい)。なにしろ、ジョイスは小説の核心になるような決定的な一文を書かない。
たとえばドスト氏は、神の掟を踏み越えようとして失敗する男を数百ページ説明した後にこう書いてしまう。
「いいえ、いま世界じゅうであなたより不幸な人は、一人もありませんわ!」彼の注意など耳にも入れず、彼女(引用者注:ソーニャ)は興奮の極に達したようにこう叫んだ。(「罪と罰」第5篇4、米川正夫訳)
ミステリなら「犯人はおまえだ」と探偵に叫ばせるために、その前の数百ページがある。
ジョイスにはそういう決定的な一文はない。ここを押さえれば小説の全部がわかるような中心はない。そのうえ波乱万丈のストーリーはないし喜劇悲劇に終わるわけでもないし、作者が仕掛けたストーリーの謎やその解決もない。キャラが自己変革を遂げることもないし、感情移入できたりロールモデルになりそうなキャラもいない。道徳的な教訓を得ることもない。そこが近代の小説と決定的に異なるところ(「ダブリナーズ」の短編はちょいと違う)。ドスト氏やエンタメを読むときの方法がジョイスの「ユリシーズ」には使えないのだ。
たぶん多くの読者はそこに困惑する。
ものすごいスピードでジョイスの「ユリシーズ」全4巻を読んだ。この大作は技術を楽しむ小説。章ごとに文体と仕掛けを変えて、テキストでできることを拡張しようとする試みだった。読者はジョイスの実験に根気強く付き合い、過去の読書の記憶を参照して、ジョイスがどんなことをやっているのかを考えて楽しむのだ。
技術を楽しむ小説はたとえば探偵小説、ミステリー。このジャンルに読者はテーマや人間の深い理解を求めない。あるいは筒井康隆の「驚愕の荒野」「残像に口紅を」「虚人たち」「夢の木坂分岐点」などの実験小説。カルヴィーノもナボコフもそう。ラテンアメリカ文学にもボルヘスやカルペンティエールみたいに多数ある。そういう小説には19世紀の小説のような読み方はできないでしょ。自分で、あるいは読み達者の感想をみて、読み方を考えないといけない。ジョイスの「ユリシーズ」はこういう小説を生み出した種子なわけ。ついでにいうと桑原武夫「文学入門」にあった文学からインタレストとエクスペリエンスを読み取るという方法は、ジョイスやその系譜にある小説には使えないのです。
桑原武夫「文学入門」(岩波新書) 1950年
たとえば、「11.セイレン」の最後はこう。すでに読者はこの時のブルームは腹の具合が悪く、ピーピー鳴っているのを知っている。
Pprrpffrrppffff. Done.
このアルファベットの羅列。どう読むかはわからないが、ひとめで意味対象がわかってしまう。その技術を楽しむ。
(邦訳は「ププルルプフフルルププフフフフ」。日本語にすると、読んで頭の中で音を響かせてからでないと、文字列が何を指しているのかがわからない。カナに含まれる母音の響きが、元のアルファベットの子音だけの響きを損なう。とても、もどかしい)
7章以降の文体実験でも、小説を語る語り手はだれがなりうるか、どのような視点でストーリーを語れるかに着目できる。すると、ジョイスは語り手の可能性をこの一冊で極めてしまった感じ。特定の人物に寄り添い続けたり、三人称で無個性無名の記述者であったりするのがこれまでの方法。それが筋に無関係の傍観者キャラに遠景からのぞかせたり、動物にしたり、キャラを戯曲の登場人物に変えてしまったり、地球と人間を全く知らない異星人に宇宙からのぞかせたり、寝ていて発話できないキャラの内話を記録し続けたり。これ以外の方法はいったいあるのかと、うならせるくらい。
でも、やろうと思えば、アイルランドの歴史、ナショナリズム、人種差別、フェミニズムなどのテーマを見つけることができるし、一文ごとに秘められている引用やパロディの元ネタを探す楽しみがあるし、キャラのモデル探しもできる。そういうゲームは読者がそれぞれ探していこう。これらのジョイスのテキストを使ったゲームはたくさんの専門家がやっているので、各種の謎解き本で成果を参照できるのではないかな。
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