2025/08/29 テア・フォン・ハルボウ「メトロポリス」(中公文庫)-1 数奇な運命をたどった映画と小説。 1926年の続き

ストーリーの主人公は若者フレーダー。独裁者ヨー・フレーデルソンの息子で将来を嘱望されているが、聖処女マリアを幻視してから忘れられない。彼女の口から出る労働者搾取のひどさを知って父に反抗する。地下の労働者層で彼らを慰撫するマリアが夢に出てきた聖処女マリアそっくり。彼女に一途のフリーダーはエリート層と労働者層が和解するべく(かつ父離れのために)奮闘するのであった。初心で一途な若者が夢に見るような女性に惚れて冒険するというのはゴシックロマンスの定石。コリンズ「白衣の女」、ストーカー「ドラキュラ」、ウィリアムソン夫人「灰色の女」に共通している。主人公に関するストーリーはよくある話。
今回の読書では、カットされた映画ではよくわからなかったヨー・フレーデルソンと狂気の科学者(本書では魔導師)ロートヴァングの話が面白かった。すなわちこのストーリーの前史である。彼らが若いとき、二人はヘル(HEL:北欧神話における死者の国を支配する女神)を愛した。ヘルはヨーと結婚したのち、夭折してしまった。
(ヘルの墓碑銘)
(「俺にとって彼女は死んでいない。まだ生きている」といいあうヨー(左)とロートヴァング(右)
二人は深い失意に落ちて、ヨーは「心を捨て」てメトロポリスの建設と支配にまい進する。彼の政策や経営で、労働者や部下に一切の恩情、憐憫、同情を与えないのはそのせい。ロートヴァングは引きこもり、ヘルそっくりの機械人形を作ろうとする。精度の高いものができたが、人間とはいいがたいものだった。

そこでロートヴァングは地下の労働者を慰撫するマリアに目をつける。彼女を誘拐し、魂を機械人形に吹きこめば、人間と見分けのつかない人造人間になるのだ、と。ヨーは計画に乗る。そうして生まれた人造人間マリアに二人は驚喜する。
(独裁者ヨー・フレーデルソンが魔導師ロートヴァングの人造人間開発計画にのるのは、死んだ妻の再生を願うだけではない。長時間労働に耐えられず、不平不満を持ち、規律を守れない労働者を嫌っている。そのかわりに、労働をいとわず、感情と生殖機能を持たず、工場で生産可能な人造物に労働を任せたいのだ。そういう欲望は1920年に書かれたチェコの戯曲でも同じ。俺の見立てでは、1918年のロシア革命に彼らは恐怖している。労働者が反乱を起こして秩序と安定を破壊するのではないかと心配してるのだ。チャペックの「ロボット」もハルボウ=ラングの人造人間マリアも、マルクス主義の「プロレタリア」のアナロジーであると思う。)
カレル・チャペック「ロボット」(岩波文庫)
このストーリーはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の碇と冬月とユイの物語そのもの。死んだ若い娘、その面影を忘れられない中年男性。人造人間を作り、現在をそれを中心にした世界に変えて「人類補完計画」を実現しようとする。富と権力を使って、若いときに幻滅と失望を埋め合わせようとする欲望を実現したいのだ。そうしてできた人造人間マリアはヘルに似ていて、ヘルはフリーダーの母でもある。なので、ここにはヨーが母を死なせ自分の愛を奪った子供を憎む感情があり(なのでヨーはフリーダーに期待しているが冷たい)、またフリーダーが母によく似た娘を得ようとして父に反抗するという葛藤がある(前掲アニメのシンジとレイとユイの関係そのもの)。
これらのキャラクターにはたいてい対照的な別のキャラがいることになる。ヨーとロートヴァングがそう。似た欲望を持ちながら、発現の方向は異なる。死んだヘルはマリアの姿をまとって復活する。そのマリアは彼女を模した人造人間が作られる。マリアは地下の労働者層を救いの道に導こうとするが、人造人間マリアは地上のエリートたちに性の快楽を与え秩序を混乱させようとし地下の労働者を扇動して機械を破壊させようとする。愛と破壊の対象性。エリート界の御曹司フリーダーの前には、労働者ゲオルギ11811が現れ姿形がそっくり(映画では似た俳優が似たメーキャップで扮装する。髪の色が薄茶か金髪かで区別される)。役割を変えてメトロポリスの中をうろつきまわる。ヨーには痩せた男(古い解説では影なき男とされていた。ハメット原作の映画「The Thin Manやせっぽち」が影なき男と邦訳されてヒットしたため)というスパイがいて、息子フリーダーにはヨーに解雇された第一秘書ヨザフォートが情報提供者がいる。彼ら二人はメトロポリス崩壊の様子を見て絶望しているときに、ヨーを補助するものとして現れる。主要なキャラクターは分身を持っていて、それが彼らを補助・支援を働くと同時に、彼らの批判者にもなっている。フレーデルソン一家は、それぞれの分身から協力され説諭されて、変化を遂げていく。もちろん本書はゴシック文学の末裔であるので、彼らが登場時に持っていた性向は変わらない。それでも分身とコミュニケートすることで彼らは変わる。
分裂したものが再統一されるということがストーリーのテーマなのだ。
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2025/08/27 テア・フォン・ハルボウ「メトロポリス」(中公文庫)-3 反資本主義と反機械で殺気立つモッブは民族中心の全体主義運動に絡めとられる。 1926年に続く