odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

弓削達「地中海世界 ギリシア・ローマの歴史 」(講談社学術文庫)-1 ギリシャの民主制は奴隷制と外国人排斥と植民地収奪で衰退する。

 ギリシャ悲劇の解説と数冊の哲学書(とその解説)では古代ギリシャの民主制の知識はつまみ食いにしかならないなあ、と思って、歴史書の解説書を読む。著者の本はすでに何冊か読んでいた。本書はおそらく講談社現代新書の世界史叢書の一冊。

 タイトルのようにギリシャとローマを別ものとしないで、地中海世界に起きた一連の出来事として描く。ギリシャの方が世界史に登場したのは古い。ローマは少し遅れたが、勃興期のころはギリシャ最盛期になるので影が薄い(というかローマ人がテキストを残すことに熱心でなかったからだろうなあ)。
 とはいえ、ギリシャの勃興期にはエジプトとヒッタイトには巨大な帝国ができていた。そことの文化交流からギリシャの文化や都市国家が生まれた。古代ギリシャの前にはミケーネ文明・エーゲ海文明があった。でも紀元前12~13世紀ころの民族移動で、小さい地方共同体に分裂する。紀元前800年ころにはホメーロス的社会ができたとする(諸説あり)。王はいるが専制的ではなく、役人組織を持たず、小規模の奴隷制があり、共同体が土地所有(わずかに私的所有が認められていた)。紀元前550年ころまでには都市国家ポリスができる。農業中心の経済で、富裕な貴族が都市に集住、分業制が確立、交換経済が活発で市場がある。都市を守るために重歩兵制になり、戦士共同体となった(ペルシャやエジプトのような平地では重歩兵は適さないので、帝国はそのような兵制をとらない)。重歩兵になる貴族が権力をもったが、平民は民会に参集。直奴隷制があり、成年男子のみが政治参加できた。
 つよい地域共同体がポリスへの愛郷心で結束するというスタイル。でも貨幣経済と商業交易が盛んになるにつれて、広い土地を持つ貴族が没落、商工業者が富裕になる。いずれも共同体の秩序と安定を脅かす。そこで何度も改革が試みられる。アテネでは紀元前594年のソロンの改革や紀元前507年ころのクレイステネスの改革、紀元前462年のペリクレスの改革が有名。一方で、非合法で政権を握った僭主が何度もでてくる。これらをどう評価するか。改革は必ずしも民主化促進ではないし、暴力を使う親衛隊に守られた僭主が土木事業を推進するなど。アテネの場合、ペルシャ戦争(BC499~449)の勝利でギリシャの諸都市連合の盟主になり、つよい権力と資金を持つようになった。その結果、アテネ人ファーストの政策が取られて、市内では市民権を持つものが限定され(外国人と奴隷に与えない)、国外では植民地を進め、収奪を行う。アテネの民主制はなるほど形式的平等を実現し、民会(評議会)の権限を強化したのだが、実際は市内では奴隷制と家父長制と外国人排斥が、国外では植民地からの収奪によって成り立っていたのだった。(ソクラテスの死の評価も都市愛だけで説明しようとすると誤るのではないか。本書の記述には疑問)
 このあとアテネペロポネソス戦争で負けてスパルタに支配される(ペルシャが負けそうな方に支援して戦争を長引かせ衰退させたのだそう)。そのころには商業の自由のために(富裕な商工業者はポリスの外国人が経営)、土地所有者の格差が拡大して不満層が増え、共同体はどんどん分解、解体。スパルタがだめにあり、アテネは戦士の義務を市民が果たさなくなり傭兵に戦争をまかせるようになる。紀元前4世紀の後半には、ペルシャ帝国を実質的に壊滅させるまでの戦果を挙げるが、直後にマケドニア王国のアレクサンダー大王に大敗して支配下になる。紀元前2世紀末にはローマの介入でギリシャの民主制は廃止。
 古代ギリシャの民主制はよいところもあるのだが、ダメなところもたくさんある。というか19世紀以降国民国家は民主主義制度で運営することになっているのだが、いろいろなダメなところがある。それはすでに2500年前の古代ギリシャに出そろっていた。現在ポピュリズムとされているのは僭主の登場と同じ。クレイステネスの改革にあった「陶片追放」はSNSの「いいね」の数で物事を判断するのと同じ。富裕になり特権を持つようになると政治参加に飽きて他人まかせにする。そうすると一部の層が政治を私利私欲に使いだし、危機対応能力を失う。俺はアテネの民主制のダメなところをきちんとみることが、現在の民主制のダメなところを克服することになると思う。上にあげた運営と政治参加意識の減退のところ。そこをきちんと把握するには、ギリシャの民主制が近代の帝国主義植民地主義と同じ悪をもっていることに焦点を当てるべき。同じ著者の弓削達「ローマはなぜ滅んだか」講談社現代新書で、ローマ帝国崩壊の原因が奴隷制と民族差別にあったことも併せてみよう。

 ギリシャ悲劇の時代は、民主制の前世紀から衰退期に重なる。残っている悲劇33本でいうと、アイスキュロスクレイステネスの改革からペリクレスの改革にかけて。ソポクレスがペロポネソス戦争の時代。エウリピデスがスパルタの支配期。

 

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2025/09/04 弓削達「地中海世界 ギリシア・ローマの歴史 」(講談社学術文庫)-2 ポリス民主制で始まったローマの政治は領土と人口の急拡大で専制に移行する。民主制を支えた共同体の衰退が帝国を衰退させる。 1973年に続く