解説によると、クセノポンはソクラテスの40~50歳年下。若いころにソクラテスと出会って問答したら、ソクラテスの話を聞くようになった。解説によると以下とのこと。
「クセノポンがソクラテスに引かれたのは、ソクラテスの言行の中に、あるいはその言行を生み出すソクラテスの精神の中に、申し分のない理想的な立派な善い者のあり方、すなわち敬虔、正義、自制、勇気、知恵といった諸徳の十分に具現されている状態を見たからである。」
ただ、クセノポンはソクラテス裁判の前にペルシャの内戦にギリシャの傭兵として応募し、以後10年近くを戦場ですごした。その間に、アテナイから追放命令がでて、諸国家を点々としたのちコリントスに落ち着いた。ここで著述活動を行う。その著作は評判を呼び「ギリシャ哲学者列伝」に哲学者の一人として語られることになった。なお没年も場所も不明とのこと。

ソクラテスの弁明 ・・・ ソクラテス裁判はアテナイで評判になっていて、死後にいくつかの本が出たとのこと。残っているのはプラトンとクセノポンくらい。クセノポンは裁判を傍聴していないので、ここの記述は膨張していた人の聞き書きに、彼の意見を加えるという形式になっている。通常アテナイの裁判では被告は減刑嘆願するのが普通だが、ソクラテスは大言壮語(あるいは高慢な態度)で弁明した。そこでクセノポンは進んで死刑になるように挑発したのだとする。すなわち70歳の高齢なので、この後の生が苦しいものになるので、楽な仕方で生を終わらせたいと願い、そうなるように仕向けたのだという。そういう解釈はありかもしれないが、ソクラテスの「哲学」を貶めるものだし、進んで死を願うというのはソクラテスの嫌った不正をすることなんじゃねという批判があったらしい。クセノポンが特に書くのは、ソクラテスの罪状が国家が認めた神を認めないという点に対する反駁。ソクラテスがいうには、そんなことはないし神の声をダイモンとして聴くのは私ひとりではない。そこはいいけど、続けて「アポロンは人間の中で私より自由なもの。、正しい者はいないといった」といい、若者を扇動しているという告発に「私は節度がある」と答える。ソクラテスは民主政が嫌いだったのだなあ、哲学者の専制にしたかったのだなあ、という感想。プラトンの同名の著と比べると、深みにも凄味にも欠ける。話題にならないのも当然。
饗宴 ・・・ 大パンアテナイア祭のオアンクラティオン競技である少年が勝利したので、お祝いをすることになった。ソクラテス以下数名が呼ばれて、シンポジオンになった。その記録。同タイトルをプラトンが書いている(未読)ので比較したくなってしまう。でもその前に、クセノポンのは談論の深みがないし、議論も活発でない。そのうえ話題はすぐに別のものに代わってしまう。これでは哲学の探究をする気にはなれないや(解説者はよく読み取ろうとしています)。
ある市民(資産持ちで数名を呼んでの饗宴など朝飯前のひとたち)の家で、宴会が行われる。大量の食事に酒、余興で少年少女が踊りを披露する。楽音はないに等しいので、呼ばれた人たちは議論・会話を楽しむ。これはヨーロッパに伝わり現代にも続く。話題は今なら哲学的問いとでもいうようなこと。いかに人びとを善くするか、何に誇りを持つかなど。この話題に対して参加者はまじめに考える。冷笑なし、茶化しなし、侮辱なし。古代ギリシャの人たちは民主政に参加する義務をもっていたので、市民にふさわしい言動をしなければならない。なので宴会=シンポジオンでも民主政の練習をしていたのだ、と思いたい。いまと異なるのは、エロスと快楽の話題も重要であり、男たちはどうやって女を愛するかを議論し、キスの仕方を話し合う。踊りをしていた少年少女たちがキスしあうのをみて興奮し、宴会を終わらせて帰路につく(独身者は娼館へ、妻帯者は妻のもとへ)。性に対するおおらかさがあったのだね。
というわけで、プラトンの同名作にはおよびもつかない本作はペトロニウス「サテュリコン」やロンゴス「ダフニスとクロエ」(いずれも岩波文庫)のようだった。
ソクラテスはだんご鼻の醜男とされるが、それはソクラテスがサテュロス劇に登場するシレノス(馬のような耳、足、尻尾をもった、ひげのあるだんご鼻の醜い老人)に似ているからだという。ソクラテスはこの時代には高齢だったので、「老人」のシンボルで比喩されたのでしょう。実際のソクラテスがどういう外見だったかはまったくわからない。
でも「饗宴」に限らず、クセノポンやプラトンの対話編にでてくるソクラテスは年長者や老人としてみたほうがいい。青年や壮年の青くさい、現実に立脚していない、身体を使った活動の経験に乏しい議論をいさめる役割をもっている。クセノポンの「饗宴」をみても、ソクラテスはその他の参加市民の上にたっている。対等な議論というわけではないのがよくわかった。
さらに「饗宴」では、彼らの下には余興役の少年少女がいて、配膳他のサービスをする無言の奴隷がいる。市民は成人男性だけで、妻や娘は宴会の参加資格がない。古代ギリシャの民主政は、この身分制の上にあることは忘れてはならない。
あとエロスや快楽が議論の重要な話題になるのは、アテナイが独立していて、経済が安定していたから。食うこと、住むことに心配がなく、他者に分配できる余裕があるので、こういう議論ができた(紀元前4~5世紀のアテナイ市民はたび重なる戦費と民主政の祭事の負担が重く、疲弊して平民になる市民もたくさんいたのだが)。クセノポンもプラトンも、ギリシャ悲劇の作者も政治的な自立と経済優位が民主政を維持していることを書かない。ヨーロッパ近代の政治哲学に相当するものはないので、21世紀に読むと、議論の不十分さにイライラしたくなることもある。古代ギリシャやローマ時代の本を読むときには、そこらへんを踏まえておくことが必要。
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