odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

田中美知太郎「ソフィスト 」(講談社学術文庫) 同時代ではソクラテスもソフィストと見なされていた。ソフィスト呼ばわりされた人たちは古代ギリシャの自然科学の立役者。

 ソフィストは詭弁家、空虚な論理の使い手、金のための教育者、青年の腐敗者と批判されている。それは正しいのか。もとは「ソクラテスの弁明」や一連のプラトンの著書にその種のことが書かれている。他にも同時代の文書を調べることによって明らかにする。


 その調査の結果は驚くべきものだが、結論を書く前に、ソフィストの時代をみることにしよう。それはギリシャの民主制の歴史を調べることになる。ざっくりいうと、

紀元前500年代が始まったころに、ソロンの改革があった。市民の奴隷制の廃止と400人の評議会設置と法による保護。

紀元前500年代の終わりのころにクレイステネスの改革があり、氏族制ら区民(デモス)制に変更し、国民のほとんどすべてが政府の要人になる機会を持つ500人議会になる。

BC490~478にペルシャ戦争。帝国の侵略を撃退しギリシャ周辺の諸都市はデロス同盟を作る。アテネは戦功により265~300の諸国に君臨する大帝国になる。

BC440~419がペリクレス時代。アテネの最盛期であるが、政治参加できる市民の資格を制限し、アテネ市民を特権階級化した。評議会の議員は毎年交代するが、「将軍職」は再選可能で任期制限がなかった(なのでペリクレスは終世将軍職にあった)。以後、将軍職にデマゴーグがつくようになり、能弁家・扇動家による劇場政治プラトン命名)が行われる。政治の責任が不明確になる。

BC399年、ソクラテス死刑(プラトン「ソクラテスの弁明」参考)。

 この時代の民主制では、富と家柄のほかに何らかの資格が必要。ことに政治的・人間的な徳をもっていることが求められた。当時学校はないので、富豪は息子に家庭教師をつけた。教師の能力と家の財政でマッチングされるので、教師はピンキリ。さらにこの時代は思想的な改革が起きた。算法、幾何、天文などの自然科学が発達したこと。法律道徳は神の贈り物ではなく、人為的な約束という思想に変わった(なるほどソポクレスの「アンティゴネ」あたりはその事情が反映されているのだね)。
 おおよそ以上を踏まえると、アテネ以外の都市にも智者がいた。彼らには外交官として派遣されたものもいるが、多くは教師としてやってきた。新規の思想を持ち込んで、議論や教育を行った。また広場では見世物としての問答教義や問答術があった。あるテーマで議論するのを周囲が聞いて判定するもの。そこには勝つために言い負かす技術や詭弁を弄するものもいた。そのようなアテネからみて外国出身の智者を「ソフィスト」と呼んだのだった。実体は、教師(弁論、修辞、問答、算法、幾何、天文、音楽など)であり、弁論家であり、問答競技家だった。彼らは市民ではないので政治参加はできないし、アテネが呼称する哲学者でもない。
 ソフィストを悪く言うのはソクラテスプラトン。およびその周辺のソクラテス派だった。そういうグループに属さないものはソフィストを悪く言うことはない。アリストパネスソクラテスソフィストと呼んでいるくらい。
 今から見ると、ソフィストとされた人たちは算法や幾何、天文などの自然科学の最新思想家。科学史や数学史にはソクラテス派はでてこないが、ソフォストはたくさんでてくる。
 で、ソフィストを詭弁家、青年の腐敗者と罵ったのはだれか。いつからか。19世紀ドイツの哲学史家なのだそう。ニーチェが晩年にソクラテス批判をしたのは、当時のドイツ哲学の状況を反映してのことだろう。言われてみれば、19世紀半ば以前の哲学にソクラテスが登場することはなかったなあ。ソフィストをけなしてソクラテスを持ち上げたのはこのころで、日本の高校教科書はそれをずっと踏襲していたのだね(21世紀のは知らない)。
 目次は、
第1章 悪名 / 第2章 歴史的モデル / 第3章 その人びと / 第4章 問題の人びと / 第5章 その時代 / 第6章 徳育 / 第7章 弁論術――レトリック / 第8章 エリスティケー――問答競技 / 第9章 悪名の由来
(なるほど、こういう研究を戦時下に行っていたのか(1941年初出)。このあと1957年に書いた「ソクラテス岩波新書が歯切れの悪い、主張が不明の本になるのもしかたがない。)

 この感想では、ソフィストたち(ソクラテスを含む)の議論の仕方や徳のあり方は検討しなかった。現在の政治哲学とは異なる語彙で書かれた議論を追いかけても、おれには使えなさそうだから。
 それより、アテネ民主制が最高潮に達したというペリクレス時代が今日の政治哲学からすると、民主制には程遠い制度だったことに注目する。評議会のメンバーがしょっちゅう入れ替わり、メンバーになるためには学問と徳を積むための機会が設けられている。これは政治を一定の質に保つよい仕組みだ。でも、将軍職をほぼ独裁にしたり、軍人が政治のトップにいる仕組みはよくない。ペリクレス時代はこの人の徳によって政治の質が担保され維持できたようだが、彼の死後はデマゴーグによる劇場政治になってしまう。ペロポネソス戦争終結のきっかけが見つからず、長年の間だらだらと続いてしまう。以後、アテネ覇権国家に復帰することがなかった。
 なので、この時代の民主制は20世紀の全体主義運動の先駆とみた。手法のみならず、制度のなかにある外国恐怖も含めて。「ソクラテスの弁明」「クリトン」などを読んだとき、ソクラテス全体主義運動を俺は見たが、あながち的外れでもなさそう。アテネの最高潮期がすでに民主制にほころびがあった、それも運営や手続きのささいな不備によるもの。評議会はきちんと運営されていても、ほころびや不備をデマゴーグが握ってしまうと、民主制はすぐにダメになってしまう。そういう実例が有史の時からあったという驚き。
 また、ソフィストソクラテス派も行った言い負かすための弁論も、今ではいくつかのパターンで見ることができる。1.使い古された陳腐な説を繰り返す、2.詭弁、3.外国恐怖、4.過度な相対主義。これらは古代ギリシャだけでなく、現在の歴史修正主義(歴史捏造主義)、レイシストニセ科学・ニセ医療信奉者などがたいてい、つねに行っている。人を言い負かすための弁論のやり方は2500年も変わっていない。とすると、現在のへりくつや人を言い負かすための弁論には現在の対抗ツールを使いましょう。いくつかのパターンを繰り返すだけなので、対抗するのは割と簡単。

 

田中美知太郎「ソフィスト」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4mMCNz2
クセノポン「ソクラテスの弁明・饗宴」(KINDLE版) → https://amzn.to/4mQwXwP
納富信留「哲学の誕生 ──ソクラテスとは何者か 」(ちくま学芸文庫) → https://amzn.to/3Hu1GAI