odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

ソポクレス「エレクトラ」(KINDLE) 生贄と復讐を容認する社会は21世紀の現代からは不可解。

 

wikiも参照してサマリーをつくる。
 トロイア戦争が始まる前、神々の命に応じて勇士アガメムノンは娘のイーピゲネイアを生け贄として殺した。このことを妻クリュタイメストラは深く恨んでいた。アガメムノンは情婦を連れて帰ってきたので、情夫アイギストスとともにアガメムノンを殺害した。さらに息子オレストスも手に掛けようとしたが、アガメムノンの忠実な部下と娘エレクトラの手引きでオレストスを隣国に逃がしていた。クリュタイメストラアイギストスとオレゴスの都を支配し、エレクトラを虐待していた。それから幾星霜。成人したオレストスは復讐を遂げるためにひそかに街に戻っており、神託による策(オレストスは戦車競走で死亡したと報告し油断したところを討ち取る)を実行しようとしていた(以上前史)。
 エレクトラは母の殺人の罪が罰せられていないことに怒り、虐待が収まらないのを嘆く。ただ前史でクリュタイメストラの娘が生贄にされたことは不問にしている。神の掟だから? そこに妹クリュソテミスが来て、姉の復讐を諫める。彼女は権力者が傲慢であってもおとなしくいているべき、権力者に従うべしという。エレクトラが暴発すると、妹も巻き込んで国外追放になるか地下に幽閉されるかの処罰を受けるから。エレクトラは妹を高圧的に反論する。
 オレストスが死んだことを伝える使者が来て、エレクトラは絶望。そこに青年が来てアイギストスの館のありかを尋ねる。不審に思うエレクトラであるが、青年の言葉から彼が死んだはずのオレストスその人であることがわかる。エレクトラ歓喜(世界にただ一人であると思っていたのが思いがけない仲間がいると知ったこと、親への復讐という共通の目的を持っていること)。喜んでいる二人に老僕が現れ、今なら機会がある、積もる話は後回しにしろと忠告。オレストスは館に忍び込み本懐を遂げる(ギリシャ劇では殺人を舞台の上では行わない。舞台裏で行われるか、使者が報告するか)。
 虐げられた女性が逆襲して悪人を懲らしめるという通俗物語にすれば、これは簡単。長年の苦労にもかかわらず、復讐の念をずっと保ち、ついに亡き父の仇を打った。めでたし、めでたし。でもそうならないのは、父にして勇士アガメムノンが娘を生贄に差し出し、妻の悲嘆と怒りを起こしたこと。紀元前5~6世紀のギリシャが神々に生贄を差し出していたかは不明(旧約聖書を思い出せば、パレスチナでも生贄はなくなっていたのではないか)。それでも神への生贄は容認されていたのだろうな。ここは21世紀の人権意識とは異なるところなので、そのままでは理解できない。
 アガメムノンの行為をかっこにいれるとして、ではクリュタイメストラの復讐は容認できることなのか。ここで考慮に加えなければならないのは、クリュタイメストラの復讐は女性が主導して行った殺人。女による男の殺人はその逆よりも重い罪と思われていたのではないかということ。エレクトラの怒りも父母に対するコンプレックスに、さらに性差別も加わっていたのではないか。劇の終わりには男のオレストスが復讐を遂げるのであるが、これがカタルシスになるのは女の殺人に対する復讐であり、その情夫(女に支配された男)を排除する行為であるからなのかも。
 俺はジョン・ロックの提案が良いと思うので、劇にあるような私的制裁は受け入れられない。被害者感情が強くなって、より強い過剰な報復が行われるから。それに対する報復が繰り返され収拾つかなくなるから。そうすると、劇のような事態になった時に必要なのは、当事者の言い分を聞いて裁定する第三者機関を設置すること。罪に対する罰が必要と認められれば、当事者が行うのではなく、第三者が行う。法廷や監獄のような調整機関があればよい。
 という方向で読んだので、エレクトラオレステスが持つ父母へのコンプレックスとその克服、クリュタイメストラの夫への悪感情の処理などはいっさい考慮しなかった。アクションによってカタルシスにいたるのは、古代ギリシャ劇の中では珍しいのではないか。

 

 リヒャルト・シュトラウスの歌劇「エレクトラ」は、ソポクレスの劇によっている(ほかにアイスキュロス、エウリプデスも書いている)。ちゃんとリブレットを読んだことはないけど、クリテムネストラが良心の呵責で苦しんでいたり、オレストが殺害を逡巡したり、復讐を遂げたエレクトラ歓喜の舞で昏倒する(死ぬことを示唆)など、近代化が行われている。吉田秀和が「世界の指揮者」のショルティの項で詳しい解説を書いている。これを読んだら、歌劇を聞いた気分になってしまう見事な評論。
 苦手な曲でちゃんと聞いたことがない。とりあえずは吉田秀和の推薦でショルティ盤を聴こう。

www.youtube.com

 

ギリシャ古典「ギリシャ悲劇全集 1 アイスキュロス」(ちくま文庫) → https://amzn.to/3UAOpJz https://amzn.to/3HDd4u4
ギリシャ古典「ギリシャ悲劇全集 2 ソポクレス」(ちくま文庫) → https://amzn.to/4mKpD5w https://amzn.to/4mG5aPo
吉田敦彦「オイディプスの謎」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/3UyD8JF