2025/09/22 吉田敦彦「オイディプスの謎」(講談社学術文庫)-1 スピンクスの謎とその問いはオイディプス自身を指している。 1995年の続き

スピンクス(ママ)の謎はそれ自体が単体で有名になっている。なので、オイディプスが正しく答えても、それはクイズに答えたに過ぎない。そう思い込んでいた。本書によるとそうではない。悲劇自体が、この謎をめぐる問いかけであり、人口に膾炙した「正答」を問い直すことになっているのだ。すなわち、人間とは何か。困窮と悲惨にあって「四つ足」同然に落ち込んでしまう人間であったり、知恵に溺れて傲慢になり自分を見失う「三本足」になってしまったりする。そのような人間の多面性は唾棄するものであるのか、絶望するものであるのか。そうではない、とソポクレスは語る。
3 オイディプスとアテネ人たち ・・・ ソポクレスはどのような状況でどのような意図で「オイディプス」を作ったのか。そのためにはアテネの過去を100年ほどたどらないといけない。まず大国ペルシャとの戦争があった。アテネを含むギリシャ都市の同盟はペルシャには勝てない。そのような神託もでていた。しかし、アテネの人びとは必死に考え、地上戦を避け当時最強の海軍による海戦で対抗することにした。いろいろトラブルはあったものの大勝利を得て、ペルシャの侵略を断念させたのである。重要なことは人間には解けない謎をデルポイの神託は出したのだが、人間の知恵で解決したこと。アテネ人はそれより勝さる人間はいない偉大なものであることを証明し発揮したのだった。これによりアテネ帝国に変化し、周辺都市と同盟という支配下に置き、各都市の供託金を国費のように使うことができた。ギリシャ建築の傑作はこの時代に作られた。今度はアテネに対抗する都市連合ができて、ギリシャ都市国家間の戦争であるペロポネソス戦争が始まる。新たな指導者ペリクレスはペルシャ戦争に範をとる戦略と戦術を案出したが裏目に出た。諸都市との交易ができないので、エジプトなど東方貿易に切り替えたが、そのためにエジプトで流行していた疫病を都市に持ち込む。まさに大地と家畜と人間の不毛が起きた。罹患者が見捨てられ、死体が放置された。アテネ市民はまさに四つ足の動物同様に人間としての価値と尊厳もないものに等しくなっていた。そのような時期にソポクレスは「オイディプス」を上演した。観客はテーバイの状況とオイディプスの境遇をまさに自分事として認識したはず。ソポクレスはアテネ人の退廃を弾劾するのではなく、オイディプスのような穢れと罪を一身に持つ人間にも尊厳と崇高さがあり、不幸にも苦難にも耐えて、二本足の人間として生きることができるし、そうせねばならないと訴える。
4 神霊への変化 ・・・ 「オイディプス王」を発表してから20有余年。アテネのペロポネソス戦争はいまだ終結しない。ソポクレス晩年には一時的な戦勝を得た。しかしソポクレスはアテネに遺言を残すべきと考える。そこで創作したのが「コロノスのオイディプス」(BC406年没の前に書かれたと推測され、BC402にソポクレスの孫が上演した)。オイディプスはテーバイで英雄として賞賛・尊敬されていたが、自身の出自が明らかになると一気に人間以下の存在に転落してしまい、みずからの選択で苦難を引き受けることとした。以後どれほどの年がたったか。オイディプスはももっともみじめで哀れなものであり、ゆく先々の都市を追われ、それを受け入れてきた。しかし持ち前の気高さは失っていない。そのような人間以下の存在にも尊厳や矜持があり、人間の希望はあるのだ、と「コロノスの・・」でソポクレスはいう。ついにオイディプスが神託にあった終焉の地、そこは復讐の女神エウメニデスの支配する土地で人間が立ち入ることは許されない、に到着する。そこでオイディプスは神秘的な変心によって、他人の言うことを聞かなくなり、威厳を取り戻す。そして英雄であったころと同等の力を持つようになる。
(このあとオイディプスは穢れた土地を立ち退かないことに憤るむらの老人たち、土地の支配者テセウス、追いかけてきたテーバイの支配者クレオン、反乱に失敗しそうな息子ポリュネイケスらが彼の決意を覆そうとするのに反論し、相手を圧倒し、クレオンやポリュネイケスを激しく叱責する。ここの解釈も面白いのだが、割愛。)
この会話を通じてオイディプスは神託に等しい命令や予知や呪いを発するようになる。次第にオイディプスは神霊へと変容していったのだ。彼のもつ威厳や気高さに人間は対抗できなくなる。それは彼は復讐の女神エウメニデスの土地に入ったから。そしてついに天変地異が起こり、雷・稲妻・嵐となる。オイディプスが神霊になるときが来た。
人間以下とみなされるような状況に陥り苦難を受けることになって、忍耐・敬虔・気高さを失ってはならない。知恵を働かせ、苦難を克服する試みをせよ。そうすれば神々は正当に評価し、神霊へと導くのである。このようにソポクレスはいう。アテネはペロポネソス戦争で苦難にあっている。過去には疫病の蔓延で市民は人間以下とみなされるような非道徳なふるまいをしている。人間はどこまでも落ちるものであるが、それでも回復する希望はあるのだ。
田中美知太郎「ソフィスト」講談社学術文庫で捕捉すれば、ペリクレス没後のアテネの政治はデマゴーグ達による「劇場政治(@プラトン)」だった。大衆の耳に心地よい言葉を吹き込むことで権力を持った者たちが、大衆の好みにあうような政策にする(そのさい、アテネの民主制には他の都市市民への差別意識があったことに留意)。ソポクレスの持つ危機意識はそこにもいっているはず。
さて文学を読むとはこういうことかと目を見開かされた論文でした。テキストそれ自体を丹念に読むこと。結論だけでなく、過程に注意すること。それが書かれた社会と時代とのかかわりを見ること。なかなかできませんが、できるようになりたいです。
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