odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

ソポクレス「アイアース」(KINDLE) 古代ギリシャ時代、神の掟は人倫の基礎。

 ソポクレス(紀元前497/6年ごろ – 406/5年ごろの冬)が書いた劇は120を超えると推測されるが、長い年月の間に失われ、現存しているのは7編。そのうち有名なのは「オイディプス王」。日本では20世紀になってから翻訳が進んでいる。ちくま文庫の「ギリシャ悲劇全集2」で読めるが(かつて持っていた)、KINDLEで内山敬二郎の翻訳が復刻された。1940~50年代の少し古い訳。これで7編を読もう。
(感想の順番は書かれた順とされているもの)

 ここでざっとギリシャ悲劇の時代をみよう。ギリシャ悲劇の時代は下図の「ポリス社会」の印がついたあたり。

悲劇詩人が生きた時代。細かい生没年は不明です。

ちなみにソクラテスの生きた時代はアリストパーネスの時代と重なります。プラトンはそれよりも若い世代。アリストテレスは存命中のソクラテスを知りません。

 

 「アイアース」は現存するソポクレスの劇ではもっとも古いもの、若いときに書かれたものと推測されている。このあとのテーバイ三部作の充実に比べると、見劣ることはなはだしい。劇中人物が語る言葉が今そこにある問題からは離れた一般論になってしまって、対話がおこらない。
 ギリシャ第一の戦士アキレウスが死んだ。自他ともに勇士と認めるアイアースはその武器を継ぐものと自負していたが、オデュッセイアに引き継がれた。アイアースはオデュッセイアアガメムノンらの将軍を殺そうと出陣する。しかし神に頼らないと豪語したために、女神アテナの怒りを買ってしまった(以上前史)。アイアースは狂気に陥り、分捕りの家畜をギリシャの将軍と思い込んで殺してしまう。家畜は重大な資産。アイアースは神を無視する背徳と都市の資産を破壊するという二つの罪を犯してしまった。神への祭儀をおろそかにすることも、資産である家畜を意味なく殺すことも共同体を破壊する行為なのだ。
 正気にもどったアイアースは自分の愚を悟り、自殺する。このあと死体の処置をめぐって英雄たちは議論する。あるものは我意をとおす反逆者であるから放置せよといい、あるものは人倫に基づいて丁重に葬れという。議論が広がり個人攻撃になりそうなところでオデュッセウスが登場。彼は人を侮辱してはならない、死体を放置するのは神の掟を穢すことになる、自分が当事者になった時を想像してみよ、ほかの都市で客死したり戦士したりしたとき同じ扱いをされてもいいのか。オデュッセイアの言い分に納得したアテナイ市民はアイアースを葬ることにする。
 同じ問答は「アンティゴネー」でも行われる。そこから引用(内山敬二郎訳)。テイレシアースは「オイディプス王」で、王に真実を告げた予言者。政敵の死体を放置するよう命じたクレオンに次のように諫める。

テイレシアース「あんたは地上に止まるべき者(アンティゴネー)を地下に投げ入れ、無慚にも生ける魂を墓穴に住まわしめ、また地下の神々に属すべき死体を埋葬の礼に与らしめず、供え物もせず、すべて汚れたるままにこの世に留め置く。」

 地下の神々のものを儀礼を伴って引き渡していないから、神々の怒りを買ってしまう。神々の怒りは生者に災厄となって帰ってくる。神の掟に背くことは悪なのだ。都市が神の掟に背く行為をすると、他の都市で客死・横死したときに神の掟に背く処置をされかねない。自分の魂が神々に祝福されないまま地上や地下をさまようことになる。自分ごととして考えた時、他人には敬意をもって処遇しなければならない。今日の人権意識とは別の理由なのだが、行動は一致するところに注目。神の掟がある社会の善悪は、神なき社会の善悪と一致するのだ。
(とはいえ、善悪判断が一致するのは、同じ言語を使ったり同じ系統の一族であったり、交易があって互いによく知る共同体の出身であることがわかるから。そのような共通点をもたない異邦人(バルバロイ)に対しても神の掟や人権を拡張することができるかはとても不安。古代ギリシャの時代はそのような異邦人に出会うことはまず起きなかったが、ジェットで移動する21世紀の〈現在〉ではしょちゅう出会いがあり、不寛容の問題が起きている。)

 

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