odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

アイスキュロス「灌奠(かんてん)を運ぶ女たち(コエーポロイ)」(供養する女たちとも)(KINDLE) 三部作の第二作。父殺しに復讐するために実母を殺した姉弟はみずからの血の穢れに愕然とする。

 オレステイア三部作の第二作。アガメムノン伝説に基づくもので、アガメムノンの子どもたちが父殺しをした母とその愛人を復讐するまでを描く。今回は内山敬二郎訳で読んでいるので、タイトルは「灌奠(かんてん)を運ぶ女たち(コエーポロイ)」。別タイトルでは「供養する女たち」「供養するものたち」。「供物」に相当する「コエー」「ペラノス」は「成分は蜜とミルクと水、それに酒をまぜるかまぜないかである。油をまぜることもあり、また浄めのために大麦の粉が撒かれることもあるらしい」というところから、漢語を当てたらしい。


 第一部「アガメムノン」のあと。アガメムノンクリュタイメストラの間には、エレクトラオレステスという姉弟がいた(ソポクレス「エレクトラ」では妹クリュソテミスがいるが、本悲劇には登場しない)。父が殺される惨劇をみていたエレクトラはまだ乳児だったオレステスを秘かに逃がしていた。以来、20年ほどがたった。エレクトラの母への憎悪は止むことがないのだが、女子の手で復讐を遂げることはできない。なので、どこかで生きているはずのオレストスが帰ってくるのを待っている。
 その日もエレクトラは父の墓前に「コエー」のお供えをした。そこに成人男性の証である髪の房が供えらえているのを見つける。嘆きと復讐の誓いを口説くエレクトラの前に見知らぬ青年(二人)がいる。青年は自分がオレステスであると名乗り、成人した今日こそ、復讐を遂げる機会であると述べる。容易に信じないエレクトラであるが、次第に確信に変わる。嘆きは今や歓喜となのだった。オレステスは、クリュタイメストラが蛇の子を産む夢を見てパニックになっているという噂を伝える。そして外国人の嘆願者を装って、クリュタイメストラの居宅に侵入するという計画を打ち明けた。
 夜更けにオレストスは計画通りにクリュタイメストラの家に入り込む。疑いを持たなかったのは、外国人が宿と食事を所望すればそれに応えなければならないという庇護権を行使するからであり、それよりもクリュタイメストラは幼児で別れたオレステスの顔を覚えていないから。その家にはオレステスの乳母もまだ存命であり、今宵は不思議と不安を覚える動揺している。予感は的中し、まずアイギストスオレステスの手によって殺され、怯えながらでてきたクリュタイメストラの前にいるのは血まみれの死体と剣を持ったオレステス。命乞いをするクリュタイメストラであったが、オレストスの決心は変わることはない。オレステスが思うに、アイギストスクリュタイメストラの悪は次のみっつ。まず夫殺し、つぎに不倫、そして金銭の奪取。これらの悪を折らしめるのは正しいことである。悪には悪を持って報いるのは当然であると、古代ギリシャ人は考えていたので、それに背くようなことはしない。
 しかし激怒の嵐が過ぎ去った時、オレステスは不意に恐怖を感じる。すなわち自分の身に染みている幾多の血はわが身を汚しており、母殺しのために神々の憎しみをうけることになったのである。穢れを持ったものは、この地にはいられないと悟り、パニック状態になったオレステスはコロスの制止を振り切って走り去ってしまう。
 エレクトラオレステス姉弟にとって父と母(というか一族の血)の存在は非常に重い。彼らは父や母に愛情を受けて育ったわけではなく、遠くから見る存在だった。しかも幼少期で父は不在になる。イマジナリーな存在感が彼ら子供の父母への感情は大きく揺れ動き、愛憎は普通の人びとの振幅を超えるものになる。なのでその心的エネルギーは具体的な行動で示さねばならず、父母を力尽くで乗り越えなければならない。父母の乗り越えは象徴的な「殺し」で克服できるのであるが、彼らには実際に実行する以外のことはできない。しかも、その「先」のことを考えていないので、我に返ったときに穢れや罪を自分に認めてパニックになってしまう。次は自己懲罰をするしかないのか。

 

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