odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

黒木登志夫「新型コロナの科学」(中公新書) 過去を思い出すと、政治家と官僚の不作為と無関心に腹が立つ。

 2023年夏に第8波か第9波の流行があり、その次の波はとても小さくなった。すでにコロナウィルス感染で重症化する人は少なくなり、死亡者もほぼいなくなった。そしてなし崩し的に緊急事態宣言が解除され、三密やソーシャル・ディスタンスなども言われなくなり、マスクをして歩く人は激減した。2024年に残っているのは店舗の入り口にあるアルコール消毒くらい。4年前に、世界の終わりを見ているかのような恐怖と閉塞の感じは一体何だったのか。その感じそのものすら、忘れそうになっている。


 そこで、2020年12月にでたコロナ禍の中間まとめを読む。サイエンスライターによる医学と医療に焦点を当てたレポートだ。本書に書かれていることは、当時新聞やテレビなどで繰り返し報道されていたことだ。でもそれが遠いことのように思える(のは、おれが世界各地の紛争や国内の差別問題などに興味関心をもっているため)。そこで本書に沿って思い出すと、
2019年12月 中国・武漢で最初の患者発見。月の終わりには中国全土に広がる
2020年1月 世界中に感染が広がる。1/14に日本で最初の感染者発見
同2月 横浜港に入港したダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が発見。隔離開始。死者発生。
同3月 ヨーロッパ旅行からの帰国者が感染源になって、国内で広がる。マスクとアルコール消毒液が深刻な不足。有名な芸能人が複数死亡。
国民生活安定緊急措置法に基づくマスクの転売や買い占めの禁止が3月15日に施行。メルカリでは3月10日にはマスク出品禁止。/転売屋が在庫も安値で吐き出し終わった頃に、役に立たないガーゼマスクの意味不明な配布が決まり、大ブーイングが起きたのが4月。

 


福島の無名会社「アベノマスク4億円受注」の謎 脱税事件で執行猶予中の社長が取材に答えた 2020/4/30

toyokeizai.net


同4月 緊急事態宣言。世界から見ると遅くて緩い封鎖。アベノマスク配布を決定。全国一斉休校を決めて学校などが混乱。
同5月 医薬品、医療用具、防護具不足。患者の医療施設へアクセスが困難。入院病棟が満室状態で空きがない。医師、看護師、保健所職員疲弊。
同6月 抗体検査開始。宿泊施設・自宅療養開始。
同7月 GOTOキャンペーン。アベノマスク配布開始(すでにマスク不足は解消)
2021年2月 ワクチン接種開始(医療従事者から。高齢者接種は翌月から。以後半年置きごとに接種)
同年夏 10万円給付(一回だけ)
だった。政策に注目してピックアップした。
 専門家は、コロナウィルスなどに由来するパンデミック対処法は、1.感染者の特定と隔離と治療、2.感染機会を減少するロックダウンや行動制限、3.不利を被るものへの経済支援としていた。1は厚労省が反対(とくにPCR検査を制限した(既得権益確保と著者は推測する)し、対応が遅れた。2は世界に比べると緩い制限で、感染の波が収まらないうちに移動を促進するキャンペーンをうった。3は10万円給付を一回のみ。飲食業などの支援も行ったが、手続きが面倒で、支給が遅れた。国民に対して行ったのは感染防止には役に立たないと言われた布マスクを二枚配布しただけ。発注先が実績のない企業で、検品が甘かったのか汚れたものが多数みつかり、配布しきれなかったものを倉庫に一年以上保管し、廃棄に金をかけた。批判が首相に向かうと、さっさと退陣して責任を放棄した。2020/09/16安倍晋三退陣、2021/10/04菅義偉首相退陣。過去を思い出すと、政治家と官僚の不作為と無関心に腹が立つ。
 結果として不利を被るものは政府の助けを得られず放置され、病気と収入減に自分で対応させられた。そうなったのは、1.患者とその家族(感染者への生活支援は他国よりわずかで遅い)、2.医療従事者、3.エッセンシャルワーカー、4.非正規労働者、5.接客が必要な職種、など。
 2003年のSARS感染では日本は模範的な対応をして、国内感染を防いだが、コロナウィルス感染では日本の対応は遅く、緩かった。幸いなことに、欧米に比べると感染率や死亡率は低かった(理由は不明)。政府や官僚は国民の健康や経済には無関心で放置し、既得権益を守る行動だけをしていた。
 コロナウィルス感染の対応を国別に比較すると、反リベラル・ポピュリズム指導者がいる国は感染拡大と死亡者増加を招いた。ロシア、ブラジル、アメリカなど。(中国はロックダウンを強行して感染を防いだ)。一方、女性がリーダーになっているリベラルな国では感染対応がうまくいった。ニュージーランドフィンランド、台湾など。
 パンデミックをテーマにした小説であるカミュの「ペスト」は以下の文で終わる。

ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかに、しんぼう強く待ち続けていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうということを。(新潮文庫、P458)」

 コロナウィルスも「決して死ぬものでも消滅することもないもの」であるが、この国の政治家と官僚は後半の戒めをわが身のものと考えることはなかった。こういう政治エリートは文学的修辞を聞いてもちんぷんかんぷんだから、もっと強い直截的な言葉で批判しなければならない。こっちの国民も政治家と官僚を批判できるように記録を残さなければならない。本書は渦中の2020年のものなので、それ以後の対応を記録した文書が作られるべき。

 

 宮坂昌之「新型コロナ 7つの謎」(講談社ブルーバックス)も読了。これも2020年に出た本(11月出版)。書肆がそうであるように、こちらは免疫学の話に終始。なお出版時にはワクチンが未開発だったので、その後の大規模接種の解説はない。

 横倉義武「新型コロナと向き合う」(岩波新書)も読了。これは2021年10月にでた。著者は日本医師会の会長(2019-2020)。政策提言の当事者として政府や官庁と打ち合わせを行った。本書は会長当時の仕事と状況を記録する。ワクチン接種開始後の刊行だが、本書では効果を評価するまでに入っていない(実際3波、4波などあって新規感染者は増加し続けていた)。立場と職業のために、医療従事者のことが中心。統計や社会情勢などはごっそり抜け落ちている。

 

 当時流行ったことばに寺田寅彦由来の「正しく恐れる」がある。著者はそれを踏まえて「正しく理解する」ために本書を書いた。あいにく大学医学部や理学部生物専攻の学生教養向けの内容になってしまった。これではほとんどの読者は敬遠してしまいそう。そのせいか翌年くらいから「コロナは風邪(だから感染防止対策は不要)」「ワクチンは効果なし(むしろ害)」というニセ科学の運動が起きてしまった。それに拍車をかけるように「新型コロナ」関連本には「反ワクチン」のニセ科学陰謀論、スピリチュアルで治せるなどがあふれている。
 感染症対策は、医学・疫学・経済政策の3つくらいがありそう。この4年間のパンデミックで、国家が行ったことを検証し、次回のパンデミックにどのように対応するかを提言することが必要。簡単なネット検索ではそれにふさわしい本は一冊しかなかった。これでは次回はひどいことになりそう。

 このような記事を読むと、追跡調査は必要なことを痛感。
<新型コロナ>後遺症の悩み 年代高いほど割合低め 神奈川県の調査を独自分析 ワクチン接種回数も影響
2024年3月26日 07時33分

www.tokyo-np.co.jp

 

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