人生三度目の読み直し。もう高校生時代の熱狂はないし、中年のときの高揚もない。詩想に溺れるよりも、なぜランボーはこういう想像力を持ったのか、という視点で読んだ。これまでの読書ではすっかり頭の中になかったが、ランボーが詩を書いたのはハイティーンのとき(「地獄の季節」が19歳、「飾画」が18~20歳)だった。同世代の創作を見聞するに、この年齢では想像力を存分に発揮することはできない。先行している創作を渉猟し、自分のなかに語彙や技術を貯めてから、ようやく想像力は飛翔するのだ。多くの幻視者が膨大な著作を書くようになったのは30歳を超えてからというのを思いだす。そうすると、若者は想像力を他所から借りてきて、そこに自分をまぶして表現を行うのだ。

ではハイティーンのランボーは何を参照したのか。その答えの参考になりそうなのが、大野英士「オカルティズム 非理性のヨーロッパ 」(講談社選書メチエ)。その一節
「「左派オカルティスト」と呼ぶ一群の思想家・科学者・宗教家の中で、最も典型的なケースであり、しかも、後世に最も大きな影響を与えたのがエリファス・レヴィ(一八一〇‐一八七五)こと、アルフォンス゠ルイ・コンスタンだ。その影響は(略)ボードレール、ド・リラダン、マラルメ、アルチュール・ランボー(一八五四‐一八九一)、ペラダンなどの詩人・文学者、(略)音楽家、(略)シュルレアリストを経て(略)サブカルチャーにまで及んでいる(P115)」
同書によると、フランスでは、18世紀末の啓蒙時代から19世紀すべてとWW2まで、オカルティズムが盛んだった。すなわちフランス革命がキリスト教を禁止しても無神論になるものはほとんどいなくて、代わりに理神論や神秘主義に傾倒するものが続出。その影響はカソリックのみならず(なにしろフランス革命で多くのカソリック神父が布教を放棄したので19世紀半ばまで司祭のいない教会が多数あった)、右派の王党派から左派のユートピア主義者までがオカルティストになり、大量の文書を刊行し講演会を開き、交霊術や催眠術などの集会を開いていた。引用したレヴィはその大元締めのような大きな影響力をもっていた。彼の思想は同書を参照してください。前世紀のスウェーデンボルグの照応派を引き継いでいて、霊的進化があり、死後の霊魂不滅を信仰していた。ランボーが詩作をしていた時代はレヴィの晩年にあたる。また1871年のパリコミューンは若者たちを政治的に挫折させ、検閲ほかの自由の制限が行われる。このときにオカルトが流行るというのは20世紀の経験(1920~30年代と1970年代にオカルトが流行した)をみれば納得できる。
「地獄の季節」で頻出する印象的な語句を抜き出すと、十字架・悪魔・光・精神・教会・キリスト・叡智・永遠・地獄・心と魂と霊、などなど。これらはキリスト教神学の意味では使われない。「地獄の季節」は反キリスト教の強いメッセージを持っているから。そうすると、「地獄の季節」はキリスト教の神ではない神を求める者が「地獄」をさまようストーリーになっているのがわかる。ベルリオーズの「幻想交響曲」は女優に振られた若者が阿片を飲んでへべれけになり、断頭台で死刑になり地獄をめぐる妄想を描いたのだが、ランボーは阿片の代わりにオカルティズムに酔って地獄を巡ったというのに等しい。「地獄」巡りが問題になるのは、ランボーがフランスに居場所がないため。どこにも所属できないので、ここは地獄。ここではないどこか遠くでないと自己が成り立たないのだ。そこで部屋にこもって空想して詩作にふける。
ランボーがハイティーンのころの詩想で顕著なのはエロティック描写がなく、それどころか恋愛詩がひとつもないこと。性欲がなくて、むしろ女嫌いにみえるのだ。その理由を詩人がヴェルレーヌと二年間同棲し破局のあと銃撃されるという経験で説明できるかもしれない。俺はその詮索をする気はないので、彼のミソジニーを指摘するにとどめる。「地獄の季節」では語り手〈俺〉は他人を求めない。一人で、単独者になって、想像の「地獄」をさまよう。そこに見える心象は、孤独・呪詛・自虐・憤怒・低い自己評価。しかしそれはすぐに強い自尊心と選民意識に転化する。妄想力に陶酔しながら、現実から逃避し逃げた先の「地獄」からも逃亡しようとする。ここらの意識をまとめれば、孤立化アトム化したモッブ(@ハンナ・アーレント)そのものなのだ。
たとえば「悪胤」の一節。
「だが、酒宴も女らとの交友も、俺には禁じられていた。一人の仲間さえなかった。銃刑執行班をまともに眺め、激怒した俗衆の面前に俺は立っていたのだ、彼らには解らない不幸に歎(な)きながら、そして彼らを宥(ゆる)しながら。――まるでジャンヌ・ダルクだ。――『牧師や教授や先生方、俺を裁判所の手に渡したというのが君らの誤りだ。俺はもともとそういう手合いじゃない。キリストを信じた事はない。刑場で歌を歌っていた人種だ。法律などは解りはしない。良心も持ち合わせてはいやしない。生れたままの人間なのだ。君たちが間違っている、……』」
地獄めぐりをするランボーの想像力は、カミュ「異邦人」の語り手〈ムルソー〉の生涯に重なった。まるでカミュはランボーのこの一節から小説を構想したかのように思ったよ。ランボーも〈ムルソー〉も他人嫌悪、大衆憎悪があり、選ばれた自分の優越性を疑わなかった。でも世界に受け入れられない自分を発見したとき、自分が断罪されるのを〈幸福〉と思った(それはベルリオーズ「幻想交響曲」でも同じ)。
もうひとつ、「地獄の季節」の特長は下品で悪趣味なこと。排泄物や悪臭を描き、暴力を描写する。そこにモッブ(@アーレント)の他人嫌悪や肉体嫌悪をみたいが、それより19世紀半ばからフランスでは新聞小説が読まれていた。家庭小説だったが、犯罪が描かれることがあり、暴力が描写されていた。デュマ「モンテ・クリスト伯」、ユゴー「レ・ミゼラブル」などを思い出そう。ランボーの時代にはガボリオやボアゴベの犯罪小説が人気になっていた。あるいは、上のオカルティズムつながりで怪談・怪奇小説も盛んに書かれていた。「錯乱」の女のモノローグ。「彼」をどう解釈するかは面白い読解問題なのだが、起きている事件や語りのナラティブは犯罪小説や怪奇小説にとても近い。あるいはエドガー・A・ポーの犯罪小説も想起する。少年ランボーがこういうエンタメを読んでいたと想像するのは楽しいではないか。
オカルトの影響は上にあるような反キリスト教であるとか、霊的宇宙認識だとか、世界の魔術的操作とかにみえる。人はランボーの創意や天才をみるけど、俺は他人の影響を受けやすい17歳をみるけどね。
次の(あるいは同時進行中の)「飾画(イルミナシオン)」になると変わる。想像の「地獄」や海に行くことはなくなり、ランボーは部屋の外に出る。彼が体験している/見聞している出来事や事物のことが語られる。「地獄」の想像力はなりをひそめ、現実の観察が書かれる。そうすると、自己の見方も変わるのだ。「地獄の季節」の呪詛や陶酔は消える。かわりにいまいましい現実からの逃亡が目的になり、他人に依存しない自立が問題になる。自己は変革すべき客観的な対象になり、自分を「異邦人」規定する冷めた眼をもつ(ほら、ここもカミュの遥かな先駆)。とはいえ、20歳になったばかりの若造であることを知ると、現実も自己の冒険も幻滅せざるを得ない。「飾画(イルミナシオン)」では脱出したいのに、なかなか出ていけないことにいら立っている。
脱出をためらうのは、ランボーに植民地主義と外国人恐怖があるから。もともと他人を嫌っていて、その存在は眼中にないような振りをしているのだが(「地獄の季節」)、海港にくると嫌でも外国人はめにつく。そこにいる外国人は白人ではなく、アラブ系やアフリカ系。ときにはアジア人もいた。言葉が通じず、白人と異なるしぐさをする彼らに「飾画(イルミナシオン)」時代のランボーはなじめない。それが詩文に現れる。
この文庫に収録された「地獄の季節」と「飾画(イルミナシオン)」は、モッブの心象をとてもよく描いている。そこに中二病的なオカルティズムをまぶした。モッブの心象を描いたものとしては、ドストエフスキーと双璧(とくに「地下室の手記」「罪と罰)。これらに、あとボードレールの「悪の華」を加えると、19世紀西洋のモッブの考えはほぼわかるのではないかしら。
「飾画(イルミナシオン)」を書いたら、ランボーは詩作を止めてしまった。俺はランボーの伝記には関心はないので、小林秀雄の解説くらいのことしか知らない。単純にいうと、仕事を次々とかえ、住むところも転々としていき、パリからでていくどころかフランスをでて、中東の砂漠に行ってしまう。解説に載っているランボーの手紙を読むと、モッブ意識と植民地主義はより強化されたようだ。夏目漱石の小説の感想でも書いたが、母国に所属意識をもてないモッブは植民地では威張れるので成功する機会が増える。
詩作をやめた理由を類推すると、(1)仕事と労働に専念せざるを得なくなった、(2)パートナーができて(「ボトム」参照)、関心が移った、(3)オカルティズムに飽きて詩想が尽きた。などをでっちあげることができる。でも、おそらくは20歳になって他者の複数性を認識して、「地獄の季節」のようなモノローグと独我論ではやっていけないと思ったのではないかしら。自分のそれくらいの年になると詩から他の文芸に関心が移ったしね。
(詩を止める決意が問題になるのは、ヨーロッパでは古代や中世からずっと詩が最も高尚な芸術であるとみなされてきたから。小説は近世・近代になってからできた卑俗なものだし、劇は下層階級の専門家集団がやるのをみる卑俗なものだし。でも詩は神や至高存在と直接つながる。だから詩人は尊敬される。そういう詩人であることをランボーは止めてしまった。詩が高尚な芸術であるという認識がなく、周囲の人たちと齟齬をきたしているのだ。当人にはどうでもいいことなのに、スノッブやディレッタントはなぜ止めたのかを問題にする。)
以下は余談。小林秀雄訳は意訳誤訳があるらしいけど、文芸作品として「読める」。ネットに転がっているさまざまなランボーの私訳・試訳をみると、たいていは読むに堪えない文章だ。結果、個人的な記憶もあって本書を珍重している。
でも気になることは多数。さまざまな固有名に注釈がないので、日本語読者は読み飛ばしそうなこと。きちんと出典を調べていくと、エリファス・レヴィやほかのオカルティストとの引用や関係がみえてくるんじゃない。あとフランス語と日本語の語感の違い。これはどうしようもないなあ。たとえば、小林は「道化(飾画(イルミナシオン)所収)」で「磁性の喜劇」としているところ。機械翻訳させると「comédie magnétique」と出てきた(あとで原文がその通りであることを確認)。日本語訳だとわけのわかんない言葉の連結だなあで終ってしまうが、原文では音のリズムと語感が楽しいし、メスメリズムとの関係とか産業革命のモーターへの連想がわくとか広がりがでてくるんだよね。ジョイスの「ユリシーズ」でも感じた翻訳の難しさをちょっと愚痴ってみた。
「道化 parade」の原文はこちら。
(どうでもいいこと。エリック・サティの作品に「パラード」というのがあって、よくわからなかったが、フランス語の「parade」は行進(パレード)とひけらかしと道化の意味があるそう。サティは全部を連想させるようにしたのだろうね。これも註がないとわからない。このところは「見世物小屋」のタイトルになっている模様。
サティ:バレエ曲「パラード」プラッソン 1988
(そうそう「パラード」1917年はバレエ音楽で、初演の衣装はピカソでした。初演の映像は残っていないが、復活再現したのをBSでみました。批評家などディレッタントは賞讃、観客は軽蔑。初演舞台は激しいブーイングで暴動寸前にまでなったそう。「春の祭典」でスキャンダルを起こしたエネルギーがまだ残っていたのだね。)
なので朗読を聞くのもいいだろう。「地獄の季節」の朗読はこちら。
Arthur RIMBAUD UNE SAISON EN ENFER l'intégrale
ランボーの解説はここがよさそう。機械翻訳でいけます。
Arthur Rimbaud | The Poetry Foundation
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青空文庫に中原中也訳のランボー詩集があったので、それも読む。ここには「地獄の季節」以前のミドルティーンのころの詩もある(ようだ)。半径5mくらいのできごとや幼児の思い出をかいたりしているのも、ミドルティーンの心情にはふさわしい。エロチカ詩はあるし、恋愛を読んでいるし、カソリックに典拠したものがある。「地獄の季節」でそれらが一掃されているのをみると、ヴェルレーヌとの同棲中に年上のお兄さんの影響でオカルティズムに傾倒したのじゃないかと妄想したくなった。
中原中也の翻訳はうまくない。読むのがきつい。これを読んだ小林秀雄がもっと読めるものを考えて(面当てなのか、遺志を継いだのかはしらないが)、本書の翻訳をしたのではないか、とも妄想してみた。