1855年に発表されてからずっと埋もれていたが、今世紀になって日本の翻訳者が発見して、原文付きの論文を発表した。するとフランスでも反響があって、復刻されたという。慶賀。

本文に入る前に前書きを読んで、この中編の背景を探ろう。
・フランス革命は、キリスト教の廃止に動いた。多くの教会や修道院が破壊され聖職者が還俗(でいいのか?)した。1832年に王政が復古し、教会が復活したが、ほとんどの国民は改宗しない。しかし宗教的情熱が失せたわけではない。超越者の存在を否定し続けるのは難しいし、死後に魂が消滅するという恐怖から逃れたい(当時は死亡率が極めて高い。軽い事故や病気で人はどんどん死んだ)。
(放送大学「西洋の美学・美術史」によると、聖母マリア信仰がこの時期に流行したそう。)
・フランス革命後の宗教禁止時期から、フランスではオカルティズムが大流行した。詳細は下記エントリーを参照。
大野英士「オカルティズム 非理性のヨーロッパ 」(講談社選書メチエ)
・この流行に反応したのが、ボードレール。本書の作者シャルル・バルバラはボードレールとの深い交友があったという。二人ともエドガー・A・ポーの影響を受けている。とすると、ここには怪奇小説の装いがあるだろうと推測。メスメリズムや不死者アンデッドの恐怖などがあるのではないか。
・発表の1855年は、1848年2月革命の(ほぼ)直後。王政に反対して共和政を取り戻す政治運動は挫折してしまった。革命に参加した人々は逮捕されたり、亡命したりした。表現の自由は抑圧されている。官憲に対する配慮が小説や文芸にあるだろう。
カール・マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」(岩波文庫)
・同時に、パリではオッフェンバックが流行りだした。政府批判・文明批判を含んだパロディをみてもよいが、ここでは大衆の娯楽が大いに受けたことに注目しておこう。
浅井香織「音楽の<現代>が始まったとき」(中公新書)
・1830年代から新聞小説が流行った。「ヴィドック回想録」「モンテ・クリスト伯」のような大ヒットがでた。「レ・ミゼラブル」は1862年でこのあと。新聞小説の歴史は下記を参照。
モーリス・ルブラン「ルパンの告白」(旺文社文庫) 1912
1860年代はガボリオが新聞小説の第一人者。これらの新聞小説は家庭の不和がテーマだった。そこに犯罪が起きて、家族の秘密が暴かれる。思いがけない関係が見つかる。そのような話が定番だった。バルバラの「赤い橋の殺人」1855はこれらに先立つ。解説によると、本作がヒットした形跡はなさそうなので、ガボリオが影響を受けた(真似した)可能性はなさそう。
2011/08/10 ガボリエ「ルコック探偵」(旺文社文庫)
2022/05/11 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-2 1869年
2022/05/10 ガボリオ「ルコック探偵」(旺文社文庫)-3 1869年
2023/07/20 エミール・ガボリオ「ファイルナンバー113:ルコック氏の恋」(KINDLE)牟野素人訳-1 要塞のような大金庫からの大金盗難事件 1867年
2023/07/18 エミール・ガボリオ「ファイルナンバー113:ルコック氏の恋」(KINDLE)牟野素人訳-2 20年前の三角関係が今を苦しめる 1867年
2023/07/17 エミール・ガボリオ「オルシバルの殺人事件」(KINDLE)牟野素人訳 19世紀の新聞小説は犯罪トリックより人間関係が反転するのに興味を見出す 1867年
2023/07/14 エミール・ガボリオ「他人の金」(KINDLE)牟野素人訳 放蕩息子も極悪おやじの悪行を見れば改心するという教訓小説、かな。 1873年
本文を読む前に過去の読書の蓄積で、当時の状況をまとめてみた。さて、これらはどのくらい正鵠を射ているだろうか。読んでみる。
シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫) → https://amzn.to/3J4ibEj
2025/10/24 シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-2 気難しく激高しやすいクレマンは積極的無神論者で、過去を隠す。妻の死と自分に似ていない息子に耐えられない。 1855年
2025/10/23 シャルル・バルバラ「赤い橋の殺人」(光文社古典新訳文庫)-3 無神論と「法に罰せられないのであれば、人間はすべてが許される」は19世紀フランスの流行思想。 1855年に続く