1898年、正岡子規31歳。新聞に載せた記事で、のっけから、
「貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候」
と喧嘩を売るのだった。和歌は振るわないという。どれくらい振るわないかというと、(源)実朝より後は全部だめ。(紀)貫之は下手で、(藤原)定家もいいところはあるが総じてダメ。万葉集の時代はよかった。人丸(ママ)、赤人が懐かしい。
和歌は列島に古くからおこなわれている芸術活動であり、貴族と場合によっては武士が身につけなければならない技術なのである。それがなぜ過去700年近くダメと断じるのか。
発表されたのが1898年とわかって氷解する。すなわちその数年前に大日本帝国憲法と軍人勅諭と教育勅語がでて、日本の皇民化が始まった。明治天皇は毎年歌を詠み新聞を通じて皇民を感化した。そして歌を詠めという国民運動があった。新聞雑誌にプロが新作を発表し、素人が応募して優秀作を載せていた。小説や新体詩などはごく一部のエリートがやることで、大多数の皇民は歌を詠む。すると、政府の皇民政策に則り臣民を鼓舞するような歌ばかりになる。それがこぞって古今集やその後の勅撰集の亜流であり、どれをとっても同じ歌ばかりなのだ。
その時代の和歌のどこがダメかというと、子規が言うには、無趣味、些細なことを大げさに言う、人生訓のような詠嘆につなげる、落ちが理屈っぽい、まったくないことを空想するなど。歌の美は感情にあると子規は言うが、この翼賛和歌では紋切型で、壮士風な大げさがあったのだろう。あとさまざまな歌よみグループに見られる先輩崇拝、威張り散らしなどにも苦言を呈する。
それに対して子規は喧嘩を売る。あいにく新聞紙条例その他の検閲制度がある。それに引っかかると発禁になったり逮捕されたりする。子規も周囲で事例をよく見ていたのだろう(宮武骸骨、黒岩涙香、幸徳秋水など)。そこで、日本の伝統に連なる権威を喧嘩の対象にしたのだった。そうすれば検閲官も文句を言えないだろう。権威主義社会、全体主義国家で抵抗する見事な戦略だった。「墨汁一滴」をみると、当時の歌よみが手本にしたのは「古今」と「新古今」で、「万葉集」を優れたものというのはほとんどいないという状況だったらしい。万葉集を持ち上げたのは、子規がこの集に入れあげていただけではなく、当時の風潮に対する抵抗でもあったのかも。(和歌制作運動が官庁や巨大資本によって行われたのに対し、俳句の普及運動は子規とその周辺の民間人による小さなものだった。)
それでも雑魚のような臣民が子規にかみつく。いわく「皇国の歌」なのだ、「外国文学を取り入れると日本文学を破壊する」など。いまでもネトウヨが言いがかりをつけてくるのに似たようなことを言っている。それに対し子規はこう啖呵を切る。
「『日本文学の城壁とも謂うべき国歌』云々とは何事ぞ。代々の勅撰集のごときものが日本文学の城壁ならば実に頼み少なき城壁にて、かくのごとき薄ッぺらな城壁は大砲一発にて滅茶滅茶に砕け可申(もうすべく)候。」
大笑いしました。見事なカウンターでした。
明治後半から昭和初期まで行われた政府主導の翼賛和歌制作運動は、WW2の敗戦後無くなった。大量の歌が忘れられた。残ったのは子規の文章だけ。そうすると、21世紀の読者は上のような事情がわからない。なので、このテキストに言及しようとすると、ボケたことしか言えない。
「俳諧大要」も読む。きちんと章立てをして、一段落ごとに番号を振っていくという取扱説明書(あるいはユークリッドの「幾何学原論」)の構成だった。この書き方は盟友・夏目漱石の「文学論」「文芸評論」の影響があるかも(あるいは影響関係は逆か)。文学の科学化というと夏目漱石のが有名だが、子規の「俳諧大要」も取り上げていいのではないかな。
実作をするにあたってのアドバイスは、たくさん読め、たくさん作れ、思いついたら記録しろ、半分盗んで半分新しくしろ、恥ずかしがるな、人に見せろ、作者の理想を詮索するな、だそうです。実践しましょう。
放送大学「文学・芸術・武道にみる日本文化」2019の第14回によると、正岡子規は連が行う連歌を否定したとのこと。子規は集団で勉強したり芸術活動を行う会読会や連歌などを否定したわけなんだ。連歌は中世に始まって武士に流行した集団芸術。会読会は江戸の初期から始まった武士の集団勉強会。こういうのを子規は否定する。代わりに一人で読む発句を「俳句」となずけて普及に努めた。近代に生まれた〈自我〉を芸術のもとにしようとする。集団になるのは、自作の句を持ち込んだ合評会のとき。芸術は個人でやれってことなんだ。
子規も大日本帝国の人なのだなあ。教育勅語を奉祝するような臣民ではないが、維新の精神は受け継いでいた。
正岡子規「歌よみに与ふる書」「俳諧大要」 → https://amzn.to/47jpvnO https://amzn.to/3WjxBrk
正岡子規「墨汁一滴・病床六尺」(青空文庫) → https://amzn.to/3WjxBYm