odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

エルンスト・ヘッケル「宗教と科学を結ぶものとしての一元論」(19世紀堂書店) ヘッケルは当時の主流の考えだった「存在の大いなる連鎖」の唱道者。

 2025年、アマゾンKINDLEに、エルンスト・ヘッケルの翻訳がたくさん出ているのを発見。「宇宙の謎」の新訳があるだけでなく、その前に行われた講演、図説の進化論などがあった。大正時代以前の古い訳か、ドイツ語でしか読めないと思っていたのが、一気に多数の著書を読むことができるようになった。翻訳者はクレジットされていないが、労多謝。こういう有志の活動には頭が下がります。

 さて、「宗教と科学を結ぶものとしての一元論」は1892年に行われた講演の記録。乞われて自説を紹介することになった。結果、この講演はのちの「宇宙の謎」のサマリーになっています。というより、この講演をもとにしてあの大著が書かれたのだろう。大正時代の訳で「宇宙の謎」を読むのはなかなかたいへんだった。でもこの21世紀の新訳であれば、さほど難解ではない。
 といえるのは、ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」講演を読んだから。プラトン以来の西洋哲学と神学と科学がこの考えをぐるぐる回ってきたのだということを理解すると、ヘッケルのこの講演はとてもわかりやすい。すなわち、18世紀の啓蒙主義時代に「存在の大いなる連鎖」は論理的一貫性を持つことができないし、望遠鏡と顕微鏡による観察によって世界は「存在の大いなる連鎖」のようには構成されていないことがわかってきた。そのうえフランス革命で人びとは神を信じることを止めるようになって、宇宙の成り立ちと構成を科学の記述で受け入れるようになった。それに危機感を持ってバックラッシュをしかけたのが多くの科学者。その中の首領的存在がエルンスト・ヘッケル。彼は神学にも哲学にも喧嘩を売りながら、「存在の大いなる連鎖」復興を目指す。
 まず彼が喧嘩を仕掛けるのはプラトンと教父文書の書き手たち。彼らの二元論はだめ。というのは創造主または〈神〉による〈何か〉の流出は一つの形態をとるのであって、それが「生命ある原子」。エラン・ヴィタル(とヘッケルは言わないが同じこと)の流出で形成した万物には霊が宿るのだ(なので、「宇宙の謎」の主張である霊魂不滅が導かれる)。この「生命ある原子」を認めれば、神学・哲学と科学・唯物論は行き来できる。そこにおいて宗教と科学が統一される。
 人間は神の似姿として作られたから、創造と知性で位階を上昇することができる。なので、ある個体が努力した証として、獲得形質が遺伝することは「存在の大いなる連鎖」の根幹になるイデオロギー。ヘッケルがダーウィンの無目的無方向の進化理論を称賛しながら、ラマルクを支持したのはそれが理由。そういう見方をすると、ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という主張もよくわかる。現生種があるのはその前の種が努力したから(用不用説で形質を変えてきたから)。そのような種の記憶は遺伝する。個体発生で胚が以前の種の形態を取りながら次の種の形態に変わるのは遺伝の記憶のせい。彼の主張は「存在の大いなる連鎖」のイデオロギーに則っているのだ。
 この講演でヘッケルがいいたいことはこんな感じになる。ぶっ飛んでいるなあ。こういうのを真面目に受け取って、ヨーロッパは哲学と神学と自然科学をやっていた。彼と同時代の神智学やそのあとのスピリチュアルもオカルトも基本的な考えは同じ。これに影響を受けている20世紀以降のインチキ科学・トンデモ医療もそう。これらは科学と宗教の統合を主張する。それもヘッケルのような「存在の大いなる連鎖」の考えを受け継いでいるから。ほんと、「存在の大いなる連鎖」を把握すると、オカルトやスピ系の愚劣さが直ぐに理解できます。西洋哲学や文芸も解像度があがります。
 ヘッケルは電気と磁気が生命に大事と言っているのだが、電気や磁気が〈何か〉の流出を説明するのに都合の良い当時の科学的知見だから。21世紀には電気と磁気の神秘性は薄れてしまったので、量子力学が流行りになっている。オカルトやスピ系はとても軽佻浮薄なんだよな。

 というわけで、ものすごい勢いで、時に笑い声をあげながら、ヘッケルの講演記録を読みました。21世紀には冗談に思えるトンチキな主張も19世紀ヨーロッパでは主流の考えだった。それは千葉聡「ダーウィンの呪い」講談社現代新書で確認しよう。
 20世紀にはさまざまな観察と実験で「存在の大いなる連鎖」の考えは棄却された。でもベルクソン「創造的進化」のように哲学の装いをまとって登場することがある。オカルトやスピ系にはいまだに残っている。何より問題なのは、創造主が流出する〈何か〉によって生成された人類は宇宙的な目的に集団で参加しよう、そのことに価値と意味があるという考えが「存在の大いなる連鎖」にあること。キリスト教が教会に結集しようというのがそう。近代では全体主義になる。ヘッケルの一元論哲学運動は21世紀になってナイスなどのウルトラナショナリズムに変貌した。なので生命が宇宙的な意味や価値があると情緒的に訴えてくるのは危険なのだ。

 

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