odd_hatchの読書ノート

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千葉聡「ダーウィンの呪い」(講談社現代新書)-1 ダーウィンが「種の起源」を出版する以前から西洋人は種の変化、人間の進歩を信じていた。

 生物学を勉強すると、進化論を誤解したものいいが気になる。パターンをまとめると、「進化(進歩)せよ」、「生存闘争と適者生存」、「ダーウィンかく語りき」。いずれもダーウィンや生物学の主張とは異なる。でも人口に膾炙している(安倍晋三政権下の自民党が2020年に「もやウィン」なるキャンペーンでやらかした。憲法改正の必要性を上の俗流ダーウィニズムで正当化しようをしたもの)。なぜこんな誤解が生じたのか。

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(おまけにいうと、「遺伝子」「DNA」が比喩で使われると、おかしな意味にされる。たいていは現状維持と格差固定の保守プロパガンダ。優秀な人とそれ以外を選別する差別思想。)


 本書では一般的な科学史、進化論史に基づいて記述される。ここでは直前に読んだアーサー・オイケン・ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」を参照する。思想史や観念史を含めて考えたほうがよいので。なので、本書には記載がない18世紀の博物学や西洋思想動向を追加して検討する。

ダーウィンが「種の起源」を出す前の進化思想では、18世紀末から種の変化が起こるという主張が少しずつ始まったとされる。たとえばビュフォン。でもラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」を参照しよう(別エントリーも参照)。18世紀は充満の原理と連続性の原理がとても広まった時代。そのために人間は底辺のクズで、古典時代以降衰退するだけとみなされていた。そこに顕微鏡の微生物観測(と望遠鏡の天体観測、植民地の博物学採集)で認識が変わってくる。種は連続的であり、無数のミッシングリンクがある。そして存在の連鎖に時間性が加わり、種は変化する。人間も生成んと理性を磨いていけば連鎖の位階を上昇することができる(努力しない種は停滞・退化する)。たとえば不変的な永遠の進歩を主張したライプニッツ。こういう理神論的進化論が18世紀末から19世紀初頭にかけて流行する。そこでは「進化(進歩)せよ」は善いことで、人間の本性に基づく正しい行為(神の善性に適うから)。進化(進歩)には目的があり、方向性があった。進化evolutionは理神論的進化論で作られた言葉で、このような価値観を含んでいた。英国人はこのような理神論をたいてい共有していた。植民地主義で拡大する英国には進歩主義がよくあっていた。
ダーウィンはこの考えを否定。進化は無目的で無方向。evolutionを使わないで「種の起源(初版)」を書いた。しかし理神論者からの批判批難を受けて、後の版や本では理神論的進化論の記述を加える。

・「適者生存」という語を検討。ダーウィンは自然選択とはいったが、適者生存とは言わない。言い出したのはハーバート・スペンサーの「生物学原理」1873。この語がスペンサーの意に反して、大英帝国の現状肯定になり、植民地主義と人種差別の肯定に使われた。スペンサー自身は「最後の古典進化思想家」とだという(いや、ヘッケルとベルクソンがいるぜ)。スペンサー本人は利他主義と道徳重視のリバタリアンだったという。
(ラマルク再評価を始めたのは、ヘッケルではなくスペンサーとのこと(英国ではという留保付き)。獲得形質の遺伝を主にするネオ・ラマルキズムは大流行した。)

・19世紀は理神論的進化論と社会進化論が優勢。適者生存と努力による進化が主な主張で、人間の精神的向上が社会と種を進化(進歩)させると考えていた。ダーウィンの無目的な進化は異端扱いで、同調するものは少ない。アメリカではラマルキズムを検証する目的で遺伝学研究所が1890年代に作られた。そこの実験で獲得形質の遺伝は検証されなかった。遺伝の説明に統計学が使われ、自然選択(ダーウィンの言う意味で)で遺伝と進化が説明できるようになった。こうして1920年代にはネオダーウィニズムが確立する。ラマルキズムは失墜する。

・ラマルキズムの失墜は失望になる。努力による進化はないということは、人間は努力しても社会変革できない。むしろ時間がたつと劣化するという考えも生まれた。
(たとえばそれはH・G・ウェルズのペシミズムSFなのだろう。社会主義労働組合などの隆盛でワーカーズクラスが力をもつことは人間の劣化や社会の退化になると考えたのだ。)

 

 通常科学史や進化論史では、種の変化や進化などの考えがない社会に突然ダーウィンが新しい考えを持ち込み、教会などの激しい反発を受けたが、科学者が協力して進化論の正しさを証明し社会に普及していった、という話になる。しかし、本書やラヴジョイの「存在の大いなる連鎖」をみるとそれは誤り。先に人間や生物種が神の恩寵などによって位階を上昇する変化や進歩の考えがあった。変化や進歩には方向と目的がある。この考えは18世紀にはヨーロッパ中に広まっていて、キリスト教への信仰と一体になっていた。社会道徳の根拠もそこにあった。種の進化はいわば常識だった。ダーウィンは「唯物的」な説明を持ち込む異端。19世紀はむしろラマルクの考えのほうが正しいとみていた。それが20世紀になってアメリカのプラグマティズムによって覆された。
 進化論が定着するストーリーはこのように見たほうがよい。ダーウィンは種の進化を主張した(人はサルから進化したと主張した)から批判されたのではない。上記のような「存在の大いなる連鎖」の基本構想を崩壊させ、社会の劣化が起こると思われたのが理由だった。
 また生物学者がネオダーウィニズムに同調したからといって、別分野の研究者や社会全体が同意したわけではない。20世紀になってからも理神論的進化論を主張するバックラッシュはあった。たとえばベルクソンの「創造的進化」。ファシズム運動での優性思想。ソ連でのラマルキズム復活(ルイセンコ思想)など。

 

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2025/12/22 千葉聡「ダーウィンの呪い」(講談社現代新書)-2 優性思想はナチのユダヤ人「最終解決」で消えたわけではない。人間の進化的操作で生き延びている。 2023年に続く