2025/12/25 パウル・ベッカー「西洋音楽史」(河出文庫)-2 西洋美学を「存在の大いなる連鎖」の派生概念としてみて、音楽史を再構築してみる。 1924年の続き

ベッカーの方法は、音楽史の記述をドイツ美学の歴史にのっとり、「存在の大いなる連鎖」で説明すること。ただ発表当時の進化論に基づく19世紀バージョンでは西洋音楽の変化を記述するのにふさわしくない。そこで18世紀バージョンにダウングレードしたもので説明する。というのが本書のみとり。
優れた音楽かどうかの評価が、精神的・荘厳・永遠性などにあるのは「存在の大いなる連鎖」の根幹だから。求めるのは人間の精神的・霊的な上昇や〈神〉の賛美にある。その実現に近いものが善いとされるのだ。
こうして「存在の大いなる連鎖」をみてみると、これは万能の理論・イデオロギー。世界の起源から現在の成り立ち、地上の生き物の意味、認識と存在の方法と根拠、社会のあるべき構成。信仰の核心、神から無生物までの位階、あの世の生。その他なんでも答えを出してくれる。西洋のさまざまな知識人がこの考えに固執したのがよくわかる。この理論・イデオロギーに依拠している限り、個人の生には問題が起きないのだ。
でも近代になると問題が起こる。その内容はラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」の感想を参照。大きいのは〈神〉に対する疑惑と無視。完全で完璧といいながら、作れたのはゴミみたいな人間と地球。それは無能さの表れなのか。その対処法で出てきたのが啓蒙主義。音楽史の中で啓蒙主義。ここでは人間は〈神〉が流出する叡智と理性を使うことで位階上昇できるとする。その傾向を持つ音楽は、理性・知恵・統合・形式・コスモポリタニズムを特長にする。典型はベートーヴェンの第9。しかし政治的経済的な挫折はこの理想主義を受け入れられない。啓蒙主義のアンチででてきたのがロマン主義。この傾向を持つ音楽は、意識・感情・拡散・新奇・ナショナリズムと特長にする。現実で理想の実現をあきらめているので、遥かな未来や過去や異国に理想を見ようとする。そこには生身の人間はいくことができない。個人的な努力では理想に達しえない。とすると、別のやり方による救済を求めるか(ワーグナーみたいに女性を踏み台にして西洋白人が救済される)、みずから超人になるか(マーラーやRシュトラウスとか)、宇宙的な霊を呼び込むか(スクリャービンみたいに神秘主義、神智学に傾倒する)。
当時西洋でオカルトやスピリチュアリズムが大流行していたことを思い出そう。神秘主義やスピリチュアリズムは宗教右翼のイカレタ連中と考えるのは誤り。「存在の大いなる連鎖」を極度に原理化した考え。神秘主義にイカれた音楽家で有名なのはスクリャービンだが、ほかにもたくさんいた(ドビュッシー、ホルスト「惑星」など)。当時の流行に乗ったのだが、創作までするのは「存在の大いなる連鎖」を身体化内面化していたから。
大野英士「オカルティズム 非理性のヨーロッパ 」(講談社選書メチエ)
丹治愛「ドラキュラ・シンドローム」(講談社学術文庫)
しかしWW1はこうしたロマン主義の願望を吹っ飛ばしてしまった。英雄は現れず超人にはなれすスピリチュアリズムに没頭しても救済は訪れない。ベッカーはWW1敗戦後のドイツ音楽の方向をシュレーカーやヒンデミットらに見ようとしたが、その目論見は外れた(彼がさほど重視しなかったシェーンベルクやストラヴィンスキーの方に向かった)。
ロマン主義はナショナリズムと一体化していた。ベッカーは本書でもドイツ音楽を中心に語る。教会音楽の起源はドイツにはないし、中世から近世にかけて宗教音楽が発展したのはドイツの外だった。なのでその時代はヨーロッパを対象にする。でもロマン主義になると他の国はほぼ無視される。ことに東欧・ロシアがそう(そこにプロイセン帝国とハプスブルク帝国の確執があったことが反映されているとみてもよさそう)。でもギリシャだけは除外される。古代ギリシャはかつての芸術の規範があった(はず)の理想郷。
という具合に、本書の意図を(勝手に推測して)離れたところで読んだ。本書に頻出する美学や観念論哲学などの用語で語られるところは、そのまま受け取るのではなく(そうすると言葉と概念の多重ネットに嵌められてわけがわからなくなるから)、こうして距離を置いて読むとよい。西洋と音楽史の見取りがすっきりします。
ちいさなところをメモ。モーツァルトは存命中は理解しがたい作品を作る人で、作品は憂鬱で技巧的で難解と思われていたとのこと。21世紀とは逆の見方になるが、彼の同時代の別の作曲家(サリエリとかジェミニアーニとかCPEバッハとかベンダとか)の作品と聞き比べると納得。ベートーヴェンらがもっと憂鬱で技巧的で難解な音楽を書き、聴衆の耳がベートーヴェン以降の音楽に慣れたので、モーツァルトは優美で単純でわかりやすい音楽になったのだった。
さて、これから河出文庫に収録された岡田暁生の解説を読むが、俺が指摘したようなことは書いてないだろうな。
(読んだ。書いてなかった。ベッカーは音楽は社会が構成することを重視すると解説者はいう。ベッカーが説明する社会は具体的でないので、俺にはそう読めなかった。上にあるように理論・イデオロギーから演繹されることとして解説していたと思う。)
(あ~あ。以上を講義のレポートとして提出したら、単位はもらえそうにないな。)
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