odd_hatchの読書ノート

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上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)-3 大学の世俗化が学生の意識を変え、反権威と反宗教の気分に満ちた運動になる。

2026/01/05 上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫)-2 19世紀末のドイツの青年は愛国主義の新しい青年運動を開始する。 1994年の続き

 


 19世紀末ドイツの青年運動は前の世代の青年を批判するものでもあった。では前の世代はどのような青年期を過ごしていたのか。大学生の生活や習慣を見るが、彼らは都市中間層出身のエリート候補。成年になる前に就業したり奉公にでているようなふつうの人たちとは違う。ギムナジウムが厳しい規律にあったので、卒業と同時に解放され、酒とたばこが許され天衣無縫な生活になった。将来出世することが見込まれているので、社会に甘やかされ、不法も見逃されていた。住んでいるのは大学町で、大学の関係者が多く住み、大衆とはあまり接点がない。本書に登場する若者がドイツの若者の典型であるかのように思うと誤り。
ブルデューが「ディスタンクシオン」で分析したフランスの教養層とは異なるし、竹内洋が「教養主義の没落」(中公新書)で分析した日本の教養層とも異なる。多少の共通点はあるが、そこに目を向けすぎないようにしよう。)

4 世紀末の大学生気質 ・・・ ドイツの大学は中世の遍歴学生以来の伝統を持っている。なので自由に転学したし、大学も寮を持たない(学生は下宿住まいだった:なので学生と下宿屋の娘の恋愛は小説のテーマになる)。さまざまな学生組合があり、卒業生たちと連絡を持っていた(なのでドイツでは大学ごとの学閥は作られず所属した学生組合の縁故で卒業生はつながる)。会費をとっていたのでどこの組合に入るかは重要。新入生は上級生に差別され、一生続く縁故をもつことになり、ときに上級生にたかられる。それはビール飲みの酒宴に決闘が学生生活に重要であるため。似たような意匠の服を着て団結感を高め、男らしさを誇示した。決闘は19世紀後半にはスポーツ化形式化していたが、顔の刀傷は名誉とされた。学生は女性にもてて性的に放縦だった(なので性病罹患者が極めて多い)。19世紀後半になると、組合を嫌う学生が出てくる。ワンダーフォーゲルや自由ドイツ青年などの新しい学生運動が受け皿になる。組合と異なるのは、社会問題に関与し労働者と連携するようになり、文化にも力を入れた。
ハウプトマン「日の出前」は政府やキリスト教集団などの検閲に会うくらいに忌避されたが、大学生が熱烈に支持して上演を見に行ったとのこと。大学生が組合から離れるようになったのは、大学を就職に有利な資格を得る場所と思う人が増えたから。大学の意義がエリート層の育成から企業の中堅管理職の養成に変わる。それにつれて学生の世俗化、大衆化が進む。そうすると、中世以来の伝統が煩わしく束縛であると思うようになった。一方で労働組合活動と社会主義運動が街で起きるようになって、社会と芸術に感心を持つ。そうすると、学生運動も政治化していくことになる。このあたりの変化は日本でも敗戦から1970年ころにも起きた。)

5 若者と性 ・・・ 19世紀は性の抑圧が強い(しかし男性優位社会の既婚男性は性的放縦で自堕落)。ドイツの社会事情では男性は30歳以上でないと結婚できず、未婚男性の60~70%が性病に罹患しているなど晩婚少子化が進んでいた。そのために民族が衰退すると危機感があった(背景にはダーウィンマルサスの流行がある)。ワンダーフォーゲルなどの青年運動は禁欲を奨励。同性愛の関心も高くなった。
異性愛以外の性嗜好は社会から激しく弾圧される。同性愛が発覚して失職した人がいた。)
6 ボヘミアンとコロニー ・・・ 同時代の別の青年運動。ボヘミアンという放浪生活者が生まれ、カフェやキャバレー(日本のように女性ワーカーがいるわけではない)にたむろして芸術運動をしたり、田舎にコロニーをつくって共同生活をしたり。芸術運動にはWW1後の戦間期に活躍した文化人、作家などが多数参加。
(日本の世紀末研究者はこのような芸術運動に興味を持つのだが、かわりに左派の社会主義運動・組合活動、右派や極右の愛国運動や反ユダヤ主義運動には関心をもたない。これらの政治運動は成人や労働者が参加したので興味がわきにくいのかも。ナチス研究ではこの当時の路上運動は重要なので、本書は物足りない。)

終章 世紀転換期から30年代へ ・・・ (という俺のような「言いがかり」に対する返答。ワンダーフォーゲルや自由ドイツ青年などの世紀末ドイツの青年運動はのちのナチスと共通するところは多いけど、直截なつながりはないよ。なによりヒトラーワンダーフォーゲルや自由ドイツ青年などを批難・嘲笑しているのだ。それより若者たちの心性は世界的に共通しているところがあるので、そこに目を向けましょう、とのこと。)


 現在ドイツとされている領域は中世以降、大帝国・絶対王権ができることはなく、小さな領邦に分裂していた。近世になって周囲に国民国家ができると、統一しようという運動がおこる。あいにく領邦国家の連合体ができるのではなく(アメリカは連邦国家連合として成立)、比較的大きな領邦であったプロイセン王国に周辺の領邦が加わって連合国家になった。それが1867年。前年の普墺戦争に勝ったのが大きい。そして1870~71年の普仏戦争に勝利する。当時の強国であるフランスに戦争で勝った。それまでイギリスとフランスとロシアによって世界システムが運営されていたところに、ドイツ(プロシャ)も加わることができたのだ。ドイツへのナショナリズムを高揚させたのだろうこのような経緯は本書に書かれていないので、他の本や資料から類推してみた。
 それはドイツの青年の意識を変える。普仏戦争の勝利から10年もたつと、具体的な運動として現れる。それがワンダーフォーゲルや「自由ドイツ青年」。
 これはほぼ同時期の日本でも起きた。転換期は1904~05年の日露戦争の勝利。このときから日本でも愛国主義運動が高揚した。日本スゴイ本がたくさん出るようになり、外国何ものするぞと排外主義が蔓延した。この時代に青年期を過ごしたものは20~30年後に壮年期になったときに、侵略戦争と植民地収奪を国家ぐるみで行った。
 上のまとめにあるように、1930年代から1945年のナイス政権時代で活躍した人たちが19世紀末から0世紀初頭の青年運動に参加したり支持したりしていた。ナチスの政策にもこの時代の青年運動由来のものがある(禁煙・禁酒、オーガニック農業など)。本書ではあまり触れられないが、青年運動高揚期はオカルトや超常現象が流行っていた時期にあたる。ナチスのオカルト好きにも影響しているのかもしれない。

 

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