今度は山形浩生訳で読んだ。英訳からの重訳。ネットで公開されている。リンク先。俺はこのテキストをword文書にコピペしてKINDLEスクライブで拡大して読んだ。
フランス語原文からの翻訳ではないが、文芸作品のような微妙なニュアンスを読み取るものではないので、俺のような素人にはこれでよい。既存訳を参照して誤りを訂正するくらいはしているはずだし。

山形訳が画期的なのは、あとがきで著者を「ルネ・デカルトくん」と呼んでいるように、我々の同時代人で友人扱いしているところ。なので哲学書にしては文体はくだけていて、若者の自分語り風な感じをよく出している。率直で謙虚。昔読んだ戦前の落合太郎訳はおいておくとしても、この前読んだ谷川多佳子訳でも、語り手は尊大な教師風だった。偉い先生が講壇で授業している感じ。山形訳だと隣に座っているデカルトくんが熱意をもって話している感じになる。本書はほとんどが半生の振り返りで自分語りだから、これくらいにくだけたほうがほうがいいと思う。高校生で読むならこの翻訳がよい。
デカルトくんの時代は異端審問と魔女裁判の最盛期。 森島恒雄「魔女狩り」(岩波新書)を参照。そうでなくとも、ガリレイやジョルダノ・ブルーノに起きたことは聞こえていたわけ。2章に書いたことを発表するのは国を離れているデカルトくんにしてもこりゃヤバいという危機感になっていた。彼の後ろ盾になる有力者などいないし。フランスでは1572年にサン・バルテルミの虐殺で、新教徒(プロテスタント)が虐殺されていた。ドイツでは30年戦争、イギリスではピューリタン革命が進行中。異端や異教とみなされると、逮捕投獄されかねない。なので異端と目されることはさけなければならない。というわけでデカルトくんは比較的寛容なオランダ(当時の世界システムの覇者)やロシアに出かけている。
デカルトの時代は宗教と政治の不寛容の時代だった。その一方で「科学革命」が進行中。天文学と力学の成果がつぎつぎと出ていた。望遠鏡に続いて顕微鏡も発明されていて、微小生物や微小組織の観察が始まった。大航海時代なので、世界の文物が収集され図鑑になっていた。アラビア語の書物がラテン語に翻訳されていて、プラトンとヘルメス文書への関心が高まり、哲学の記述が書き換えられていた。郵便制度ができて、知識人は文通を始めた。印刷術ができ出版業が起きて入手できる書物が増えた。デカルトが生きている間に「世界という舞台」はとてつもなく拡大していたのだった。
川北稔「イギリス近代史講義 」講談社現代新書によると、宗教改革が終わり主権国家が成立すると国語が成立する。英語やイタリア語が生まれ、書物もそういう言葉で書かれるようになった。「一六世紀の終わりごろから一七世紀の初めごろにイギリスで出された本の多くは、ラテン語版と英語版の両方が出されています」
F.ベイコンの「ノーブル・オルガヌム」は両方の版がでていた、のですって。デカルトくんはイギリスやイタリア(当時の先進国)の風俗のマネをしたのだね。フランス語はもっと後になってから整備された(南にオック語の話者がたくさんいたので、北のフランス語を押し付けられない)。デカルトのフランス語テキストはのちに共用語のサンプルとしてフランス語確立に使われた。
1637年に発表された長いタイトルを持つ本書は6部に分けてある。各部にはタイトルはないが、序で各章の意図を説明しているので、それを利用しよう。これまでは冒頭からの3つの章は当たり前のことしか書いていないと思っていた。でもデカルトくんがいた時代の考えに即して考えてみたいとおもう。そうしたら、いろいろ発見があった。
1.科学の考察 ・・・ 真理を得たいと思って学問をしてきたけど、文献や他人の話では真理に至ったとは思えない。それは各人は関心が異なるので考えが違ってくるから。そこで「私」は知識を補って高めていく方法を編みだすことにした。そうすれば誰もが持っている分別(良識と訳されたりもする)を使って同じ道をたどることができるから。これまでに歴史、雄弁(言語学)、詩、数学、道徳律、神学や哲学を勉強してきたが、どれも議論に片が付いていないし、あやふやな基礎ばかりで、壮大な建築物もない、科学は哲学の借り物で使い物にならない。だからまず真理に至る方法を確立しよう。
(この時代の数学だが、放送大学の「数学の歴史」を参照すると、当時の数学の中心は(ユークリッド)幾何学と計算術。幾何学は図で考えるものなので厳密性に欠ける。計算術は三次方程式の解法と対数を発見していたが、おもには経理や測量などの数値計算をするもの。代数学はまだまだ不完全。数式の表記法も現代のもの(だいたい18世紀に確立)とは異なる。21世紀では中学の数学の内容というところか(でも確率や集合などはないよ)。そういうレベルだった。とてもではないが自然科学の基礎などと言える代物ではなかった。)
2.方法の基本的原理 ・・・ 複数人が手を加えて作ったものよりひとりが作り上げたもののほうが完成度が高い。それにデカルトくんは師匠といえるような智者をみつけられなかったので、ひとりで方法を見つけることにした。(1)自分がはっきり真と知っているものは受け入れる、(2)問題は細かい部分に分割する、(3)簡単で単純な対象から手をつけ、前進しながら、集合的に考える、(4)見直しを徹底する。これでやっていく。論理学と数学でうまくいったので、これでやっていこう。
(神学と哲学は確実なものがないので、探求の対象にしなかった。17世紀前半の哲学というと、中世からのスコラ哲学とアリストテレス哲学寄りの神学、ネオプラトニズム、フランスのユマニズムだった。そうみるとなるほどデカルトが望むような確実さは得られなさそう。あと、当時の神学校や大学では、古い知識を詰め込むという授業が行われ、過去の英知を未来に伝承しようという考えだった。リアルな対象を観察したり自分で推論を進めたりするより、文献を読むことのほうが大事だった。そこにデカルトは、自分で考える、自分を判断基準にする、誤っていることがわかったら訂正するという基準を打ち立てる。これは当時の神学や哲学からすると危険思想。デカルトくんは謙虚をよそおいながら、危ないことをサラッと書いている。)
3.道徳規則 ・・・ 自分の行動の律し方や他人とのふるまいについて原則を立てる。(1)法律や習慣を守り、信仰を遵守する。極論(自由を制限するものは極論とみなす)を避け穏健な見解に従う。(2)いったん採用した意見は決意を以て断固として守る。優柔不断にならない。(3)世界の秩序を変えるより自分の欲望を変える。規律と瞑想が大事。これを決めてからは旅行と対話に精を出す。世界という舞台の観客になる。そうしているうちに智者という評判がでてきたので、困ってしまって隠遁生活をした。
序と1から3までを「勉強のやりかた」としてみる。デカルトくんは文献や他の学者は確固としたことをいっていないので、一人でやることにしたと宣言した。これは当時の学問の水準と教育施設の現状からするとしかたがないこと。なにしろ義務教育はないし、大学は神学と法学と医学くらいだし。貴族のような裕福な家では家庭教師をつけていたが、教師の質はバラバラだし(デカルトくんは家庭教師になって生計をたてていた)。知識人と言える人はごく少数(大多数の庶民は母語であっても文字が読めない)。勉強したくてもひとりでやるしかなかったのだ。そういう時代であった。
これを21世紀にやるのはとても危険。たくさんある情報に目くらまされて、安易なアイデアに没入して、かえって不確実さをましていきそう。独学の果てにオカルティズムや陰謀論やエセ医療・ニセ学問の暗黒面に行っちゃった人は数えきれない。そのうえ、この数百年の知識の蓄積は膨大になっていて、いちいち自分で「確からしいこと」を検証していくと、きりがない。手に余る。そこに「おれは自分の体験したことしか信じねえ」とやってしまうと、これもまたオカルティズムや(略)の暗黒面に簡単に落ち込んでしまう。常識なり分別なりを疑う懐疑主義にたっているつもりで、実は権威主義にはまっているのだね。
ということで、21世紀の読者はデカルトくんの精神は受け継いで、方法はもっとブラッシュアップされたものを採用しましょう。実際、デカルトくんがすべてを懐疑して、自分なりの確からしいことを見出したかというとそうではなく、次の5の自然科学のところでは、当時の学問の水準をそのまま受けれているところがある(そして彼の死後に誤りであることがわかったことが書いてある)のだ。
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2026/01/15 ルネ・デカルト「方法序説」(山形浩生訳)-3 自分が真を納得したものだけを記述するというがデカルトくんは普遍史の影響下にある。21世紀にひとりで勉強するのは危険。 1637年に続く