コペルニクスの「天球回転論」を読んだので、現代から見たコペルニクスを知るために本書を購入。後で知ったが、著者はコペルニクス「天球回転論」(講談社学術文庫)の訳者(別書で全訳もしている)だった。
科学書の古典を読むときの注意点は、現在の視点(知識、評価など)で読まないこと。できるかぎりそれが書かれた当時の知識で読もう。そうでないと、たいていの「天才」はわかりきったありきたりのことを難しく言っているだけに見えてしまう。コペルニクスも古代ギリシャの幾何学を使っているだけにみえてしまう。そのような思いこみを排して読もうとすると、今度は途端に困難になる。コペルニクスは図形問題をテキストだけで書くから、読者は線図を書かないと意味が取れない。惑星の軌道を問題にしているから、作図した線図を想像で動かさないといけない。テキストはアリストテレスやプトレマイオスの思想が入り込んでいるから、語句のひとつひとつに意図を見出さないといけない。というわけで、俺のような凡庸な読者は退屈してページを飛ばしてしまうのだ。それをきっちりと読みこんだ、訳者やトーマス・クーンのような人たちはスゴイ。
アリストテレスやプトレマイオスの考えでは、有限宇宙の最果ての天空に創造主や〈神〉がいて、運動の原因になる霊魂(あるいは力あるいは波動)を流出している。それを受ける惑星は世界の中心のまわりを円運動している。惑星はそれぞれの天球をもっていて、互いに交差することはない。運動の結果軽いものは上に、重いものは下に行くから、世界の中心はもっともおもい土と金が凝集している地球にほかならない。このような宇宙像は〈神〉による善性と愛でヒエラルキーがあって上にあるほど道徳的に優れている。中世から近世にかけてのコペルニクスの時代では、学問は神学と数学と自然学に分かれていたが、別領域にあるのではなく、密接にからみあって一つの学問体系になっていた。ラブジョイにならって「存在の大いなる連鎖」ということにする。惑星は円運動をしていると表明することはたんなる事実(現在からみると誤りだけど)の表明なのではなく、「存在の大いなる連鎖」の体系に同意していることを意味する。
なので、太陽が動いているのではなく、地球が動いていると表明することは、学問体系に対する異議申し立てになるのだった。コペルニクスがなぜ危険をおかして地動説に至ったのか。通常は社会の要請であったり、功利的な理由とされたりするが、著者はアリストテレスの一陽円運動の原理を厳密に適用するために発想したと考えている。「天球回転論」などを読むと、コペルニクスはプトレマイオス以後の考えの集大成で頂点であるとのこと。彼の地動説を作図すると、天動説とは相対的な表現であることがわかる。
でも地動説のために、宇宙像を変えてしまった。大きいのは宇宙を巨大にしたこと。そうすると恒星がいる天球はとんでもない遠方にあることになり、土星と恒星天の間にすっからかんのなにもない空間を想定することになった。そのうえ、天文学の了解事項をつぎつぎと変更しなければならない。コペルニクス自身がやらなかったことを次世代の学者はつぎつぎとやっていく。ブルーノやケプラーやガリレイなど。次第に力学と天文学が接近していく。そのうえ天文上の発見が相次ぐ。1572年カシオペア座に超新星出現、彗星が天球を自在に貫通して動いていることを発見、ガリレイによる木星の衛星の発見。アリストテレス以後の天球論を覆していった。
一方、ローマ教会はコペルニクスの地動説を採用した新しい宇宙像の持主を異端として厳しく尋問する。地球が動いているかどうかが問題なのではなく、形而上学や自然哲学の前提に意義を申し立てることが異端とされたのだ。ブルーノは無限宇宙論を主張したからだし、ガリレオは聖書の解釈権を神学者から奪ったとみなされたから。
(だいぶ下火になったとはいえ、まだ聖書の記載に基づく普遍史ユニバーサル・ヒストリーは当時の歴史の基本。聖書に記載されたできごとは「存在の大いなる連鎖」に基づいて記載されなければならなかった。ガリレオらの著述はこのルールに違反しているのだ。)
岡崎勝世「聖書vs世界史」(講談社現代新書)
本書の記載はコペルニクスからガリレイまで。これでおおよその16世紀の科学革命の様子がわかります。個人的な関心ではもっと社会のことを書いてもよいとおもう。たとえばコペルニクスの時代はルターの宗教革命が進行中であるとか、コロンブスが新大陸まで航海していたとか、ちょっとあとにはノストラダムスがフランスの宮廷で占星術を使っていたとか。コペルニクス自身との関係はなくても、コペルニクスの仕事がでてくる背景がもっとよくわかる。
ただこれを読んでも、地動説と新しい宇宙像がどうやって普及していったのかはよくわからない。ガリレオの裁判は1633年。ニュートンの「プリンキピア」が出たのは1687年。この間に何が起きたのか。それは別書でみないとね。
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