著者の考えでは、人が天を見るようになったのは食糧調達に余裕ができてから。次第に天のできごとが社会と人の運命を支配していると考えるようになり、未来予測のために天を観察し続けた。観察記録が整備され、暦が作られ、未来予測の占星術になる。大形の人は観察精度を上げることに注力したが、なかにはもっと美しい宇宙の構造を数学(幾何学)で記述したいと考えるようになった。そんなことを考えるようになったのは西洋の天文学者=占星術師だけ。とても良いアイデアを思い付いたので、さらに発展させたり、もっと精緻にしようとする人が後を追って、ついに現在の天文学にいたる。

本書の半分は古代から中世まで。東西の天文学が比較される。転換点になったのはコペルニクス。彼のアイデアをいじり、批判したりして発展させたのがケプラー、ガリレイ、ニュートンを言う人たち。この歴史は別書で見たので繰り返さない。
(ちょっとメモ。ニュートンは自分の発見をテキストにしたが、幾何学で記述した。そのあと数学者、物理学者はニュートンの発見を数式で記述することに熱中した。単純な落下運動を記述する運動方程式(F=ma)から出発して、他の運動を記述する運動方程式を作った。代数学、とくに微積分、そのなかでも微分方程式が有効に使えた。約一世紀の研究の成果は、放送大学「力と運動の物理学」講座2019年で復習できる。俺は微分方程式を解けないので、講師の話を漫然と聞くだけだが、幾多の天才の閃きと努力には驚くばかり。高校の数学と物理で満足しないで、その先の話を聞くのはとてもためになります。あと、ガリレイよりまえは天空の円運動と地上の直線運動は別と考えていたが、彼がどっちの運動も同じであると統合したのが大事とのこと。)
そのあとは西洋の天文学の歴史。代数計算と理論化の研究と観察方法の開発発展が連動していった。本書は1984年出版(講義は1980年ころ)にでたので、1990年以降の観測革命を知らない。なので、巨大観測装置を作っても成果がでないので、天文学の巨大化に懐疑的。それは個人が自分で購入できる安価で小さな観測装置を使って観測するアマチュアの仕事がなくなることへの懸念につながる。もはや個人で発見をして専門家と討議できるようなシステムを学問はもっていない。プロだけが研究成果を発表し、素人はそれを受け入れるだけの状況は学問の健全性を失う。
古代から中世までは天は身近だった。敬意と惧れをもって眺めていた。たとえば「杞憂」。でもコペルニクスの「革命」以降の近世は、天を人から遠ざけた。あまりにも広いので無限に恐怖を感じ、あまりに遠いので現実感を喪失した。宇宙の年齢が計算され、終末を想像できるようになった。近代以降の人びとの宇宙へ現実感の喪失を著者は、宇宙論的ニヒリズム、超脱主義的スケーピズムという。難しい語句だが、要すると、宇宙の無限を前に絶望して身の回りのことをいいかげんに扱うこと。人間が集めた知識をないがしろにし、生活の指針に役立てず、研究や学問を小ばかにする。一方で、星の運行が人生と連動しているという占星術や星占いが流行る。これはまずい。
本書は大学の学部生向けの天文学史。1980年代の本では古いので、他の本や放送大学の講座で補完しましょう。通常の学問史と違うのは、パラダイムを使った科学革命論の説明があるところ。これも他の本で確認したほうがよい。手際のよいまとめで参考になるのだが、情報が古いので薦めにくい。
1950年代に定常宇宙と膨張宇宙のいずれかで論争があったのは知っていた。そのアイデアの背景になると思われる思想の分析が秀逸。俺からすると西洋の「存在の鎖」の古代的解釈(膨張論)と中世的解釈(定常論)の違いと見える。
膨張宇宙論では誕生の時から宇宙は膨張の一途をたどるというもので、基本的なアイデアとしては旧約聖書に出てくる宇宙生成説と同じく、宇宙は進化しているという発想によるものです。少し俗っぽい表現をすると、高度成長と軌を一にする思想です。一方恒常宇宙論の方は、宇宙の中央に物質が発生し外側に向かい、周辺で消滅するから、宇宙全体としては常に恒常の相を呈する、というものです。地球内部で発生したエントロピーを宇宙の外に捨てるというエコロジストの発想と軌を一にするものといえそうです。(pp.241-242)
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