2026/03/02 マーヴィン・ピーク「タイタス・グローン」(創元推理文庫)-1 1500年も続くグローン家。誰もが憂鬱と倦怠のデカダンスにある。 1948年の続き
邦訳で650ページの大長編。でもストーリーはなかなか進まない。

十数年ぶり(フューシャの誕生以来)にゴーメンガースト城に新しいことが起きる。長年長子に恵まれなかった76代城主スパルクレイヴ興の妃ガートルードが懐妊しめでたく出産の寿ぎが訪れたのだった。しかしガートルードは幼子が6歳になってから再見したいといい、スパルクレイヴ卿はますます憂鬱の度を深めるのである。フューシャは屋根裏に隠れ家を作る空想に耽る。この寂しい家族に幸いあれかし。しかし城の召使たちにはゆっくりと動揺が広がる。従僕フレイと料理長スウェルターは互いに憎悪をもち、いつか亡き者にせんと殺意を募らす。料理長の配下にある台所係には、少年スティアパイクがいるが、料理長の折檻に耐え兼ね逃げ出し、建立以来誰も立ち入ったことがない塔の上で一夜を過ごし、城の外をみる。ここでスティアパイクが変身。彼は身分制ではうだつの上がらないことを知っているので、己の明晰な頭脳と舌先三寸でのし上がろうと画策する。まずはプルーンスクワラー医師に取り入り毒の知識を得る。コーラとクラリス姉妹をそそのかして、タイタス1歳の命名式で伯爵家が集まった書庫に火をつける。一同狼狽するところに間一髪、救出して彼らに一目得られるようにする。書庫を失った伯爵を正気を失い、書庫長サワダストの死は儀式をつかさどるものの権力の移譲をよぎなくされる。そこにスティアパイクは漬け込む。さて妃ガートルードの信義を失ったフラウは城を追い出されるが、闇に乗じて料理長を刺殺する。それを見ていた伯爵、料理長の死体を滝に放り込むと、自身も滝に身投げする。さらに一年後、タイタスが城主を継ぐ襲名式。豪雨のなか筏の上で行われた式次第において、タイタス二歳は城主の権威を示す神具を湖に投じるのであった。
600ページを超える大長編でありながら、主なるできごとはこれくらい。複数の人が失踪し死亡者がでるという痛ましいできごとが起きながらも、真相を究明しようという努力はなされず、死は放置され忘れられる。生き延びた人たちは死者たちを快く思っていないのもあるが、儀式を滞らせるほうが悪であるという判断があるため。まことに伝統や歴史とはそういうものであろう。しかも退廃や滅亡の気分は横溢しても、それを振り払い再建しようとする意志の持主はいない。あるがままに流れていくことに満足するか、伝統と歴史の重荷が消えればよいと消極的に願うだけ。
すなわち、このアダルト・ファンタジーには、ファンタジーにつきものの冒険はなく、探索はなく、何事かを追跡することもなく、外からもたらされた危機に対抗することもない。解説者がいうように、幻滅と脱出だけがテーマなのだ。でもどこへ? 脱出先はあるのか。退廃の果てに腐食するだけなのか。
にもかかわらず/だからこそ、ゴーメンガーストの城の物語は読者をつかんで離さない。およそ読者の物理現実や社会とはいっさい関係のない世界であるのに、見事な語意と文体で紡がれたその場所は読者の生活が平凡であるがゆえに俄然輝きだす。とても暗く鈍い光。この世ならぬ想像力が「現実」を乗り越える稀有な時間を過ごすことができる(それはゴーメンガーストには、政治も経済もないし、なにしろ人びとが自由を楽しむ社会がないせい)。
「ゴーメンガースト」シリーズは全三部作であり(作者の死後、パートナーが引き継いだ第4部があるようだが、どうも評判は良くない模様)、すべてに登場するのはタイタスのみである。しかし第1部「タイタス・グローン」と第2部「ゴーメンガースト」の主人公はスティアパイク。権力の簒奪のみに関心をもち、それが実現した後のことをまったく考えたことのない若者だ。彼の狡知と術策に関心を持ちながら、ついに共感できないこのキャラをどうみよう。ともあれ、この第1部において成長したのはスティアパイクとフューシャのみ。お嬢様であるフューシャはスティアパイクに対抗するだけの力はまだない。
〈参考エントリー〉
マーヴィン・ピーク「タイタス・グローン」 → https://amzn.to/4jXYdcz
マーヴィン・ピーク「ゴーメンガースト」 → https://amzn.to/4bObt19
マーヴィン・ピーク「タイタス・アローン」 → https://amzn.to/4bfrZHh
マーヴィン・ピーク「タイタス・アウェイクス」 → https://amzn.to/49M68EY
2026/02/26 マーヴィン・ピーク「ゴーメンガースト」(創元推理文庫)-1 城の伝統から脱出したいタイタスは〈外〉への抜け道を発見し、城の伝統を乗っ取りたいスティアパイクは顔にスティグマをつける。 1950年に続く